いま思うと、1年前の自分は恥ずかしい

ツイッターやっているときに僕の強みというか、“どうやったら世の中に注目されるか”を考えた。当時ツイッター内には“おっさん”しかいなかったので、高校生の視点で僕の周りに見えることを書いていけば、それはコンテンツになるんじゃないかと思った。

――うん、なるねえ。

だから実は、孫さんにフォローされる前に自分でアクションを起こしていまして、ダイヤモンド社がツイッターの特集をやったときに、ダイヤモンド社のアカウントへ自分から売り込んでるんです。「高校生でツイッターをやっていて、地元ではそこそこ有名なんです!」ぐらいのことをいって(笑)。そのことをたまたま津田大介さんが面白がってくれて、「この高校生取材してみたら?」となり、載るかどうか、わからないけどねー」という程度で取材を受けたんです。そして、その取材が終わってすぐあとくらいに孫さんからフォローをされて、「どういうこっちゃ??」と。改めてもう一度取材が来て、しっかり誌面に掲載されました。

――そこ、結構重要だなと思うんだけれど、孫さんの話がある前に自分を売り込んだんだね。

そうです。

――そのときに躊躇とかなかったんだ。

いや、今思うと、ほんとに1年前も2年前の自分も恥ずかしいんですよ(笑)。「なんでこんなに自信に溢れているんだ!」と。

けれど、その時期はものすごいチャンスを得ていたわけで、これをものにしないともったいないと感じていました。だから吹っ切れた行動ができたんだと思います。

そのころ僕はたくさんの経営者に会ってみたかった。かつては政治家になりたいと思ったこともあったんですが、やっぱり実業家が日本を変えると思いはじめていて、なにかで起業したいと考えていたので、仕事をしている人にたくさん話を聞いてみたかった。だから多少なにか自分に変っているところがあったり、なにかで有名になっておくと会いたい人に会いやすくなるじゃないかと思った。

――なるほど。そういうのもあったからドンドンいけたんだ。高校はいつまで在籍したの?

高校は2年半ばでやめました。その後は通信教育で卒業して大学受験をしました。縁あって、小泉内閣の教育特区でできた代々木高校というところの校長先生と意見が合って、転校しました。ここならみんなと同じ時期に卒業できるし問題ないでしょ、と。とは言っても、自分の中ではいろいろと葛藤がありましたけれどね。

――あとで、「あれ、本当によかったのかな?」ということが実はあった? 悔いとか。

辞めたことに対してはまったくないんですけれど、学校をやめる直前はそりゃとても悩みましたよ。