実は、トラックを坂の上から転がしただけ
これに対してヒンデンブルグが、トラックが走っている動画は、ソルトレーク・ヴァレー西側にある「モルモン・トレイル・ロード」が傾斜角度3度の坂道であることを利用し、パワートレーン(駆動装置)もないトラックをただ坂の上から転がしただけであるとレポートですっぱ抜いた。それ以外にも同社が発表した画期的な車載用インバーター(逆変換回路)は市販のもので、投資家には製造会社のロゴをテープで隠して発表したことや、EVトラックの製造の目処もまったく立っていないことを指摘した。
同社の株価は瞬く間に暴落し、現在の株価は2ドル51セントである。レポート発表の2週間後に同社会長だったミルトンは辞任し、その後、逮捕され、昨年10月に証券詐欺罪など3つの罪で有罪判決を受け、現在は量刑待ちである。
ヒンデンブルグが、ニコラの事件を手がけるきっかけとなったのが、ニコラが不正を行っていることをSEC(米国証券取引委員会)に告発しようとしていた元従業員の代理人を務めているソルトレークシティの弁護士マーク・パグスリーから連絡を受けたことだ。元従業員と弁護士は、膨大な量の財務資料やSECへのさまざまなファイリング(届出書)を分析する能力のあるカラ売り屋の助力を必要としていた。
内部告発で市場を浄化しやすい制度が整っている
ここでおもしろいのは、米国のSECは不正を行った企業からとった制裁金の10~30%を報奨金として内部告発者に与える制度を持っており、それを専門の商売にしている弁護士がいることだ。
ニコラのケースでは1億2500万ドル(約167億5000万円)の制裁金を支払うことでニコラとSECの間で2021年12月に合意ができている。仮に報奨金がその10%としても16億7500万円となり、これを3人の内部告発者、ヒンデンブルグ、弁護士の5者で分けると、1人当たり3億3500万円となる。30%の報奨金になることも多く、その場合は1人あたり10億500万円にもなる。
日本では内部告発に対する報奨金制度はなく、逆に内部告発者が社内で配置転換など不利益をこうむるケースも少なくない。一方米国では報奨金制度があるので、後顧の憂いなく内部告発ができ、それが市場の浄化に寄与している。パグスリー弁護士は現在100件超の内部告発案件を抱えているという。日本もこうした制度の導入を検討してもいいのではないだろうか。