娘のキャミソールをスカートのようにはいた父
大事な人が何を考えているのか分からない。これは認知症の家族を介護する上で立ちはだかる大きな壁である。
そこで私は「お父さんに、何を探しているの? と聞いたことはありますか?」と尋ねると、予想通りの答えが返ってきた。
「それは聞いたことはなかったですね。もう、何をやっているんだろう、という目で見ていたので、何かを探しているという視点で考えたことはありませんでした」と、びっくりした様子で返事が来た。
奥さんは、もう半ば諦めの思いで日々野崎さんと対峙していたので無理もない話だ。このように、愛する夫の言動を理解できずに、目の前の状況から目を背けてしまうケースはとても多い。
LINEに送られてきたその他の写真を眺めていると、私はあることに気がついた。「お父さんはトイレの失敗が多いのではありませんか?」と聞くと、やはりその通りだった。娘さんのキャミソールをスカートのようにはいている野崎さんの写真が、私にヒントを与えてくれたのだ。もしかして野崎さんは、手当たり次第にパンツになりそうなものを探して、応急処置的にはいているだけではないだろうか。だから、デイサービスに行くときも、お腹の中にショーツを隠し持っていたのだろう。
自分の中でできる最大限のことを必死に努力していた
「もしかするとお父さんは、トイレの失敗をしたくないあまりに、予備のパンツをずっと探しているのかもしれませんね。お父さんが洋服を引っ張り出す目的は、トイレ失敗時の備えかもですね」と伝えた。
「そういえばお父さん、ウンチで汚したパンツをポリ袋に入れて、タンスの中に仕舞い込んでいたことがありました」と奥さんは、少し前に起きた出来事を教えてくれた。
「お父さんは、臭いが漏れて迷惑をかけないようにご家族に配慮して、自分の中でできる最大限のことを、必死に努力されていたんですね」というメッセージを送ると、奥さんは落ち着くことができたようだった。
「私と娘は、お父さんが洋服をぐちゃぐちゃにして困ると感じていたけれど、お父さんはパンツがないと困るのね。お父さんにはお父さんなりの目的があって、それを一生懸命やっていただけだったのね。お父さんがいやなことばかりしてくると考えていたけれど、まさかお父さんの努力だったなんて……」というメッセージの最後には、泣き顔の絵文字が添えられていた。奥さんは、ようやく野崎さんの行動を理解することができたのである。