女性もののアイテムに執着する理由

では、髪留めやアームカバーについてはどのように考えれば良いのだろうか。どう見ても女性もののアイテムなのに、どうして野崎さんは執着をするのだろうかと考えていると、一つの仮説が浮かび上がってきた。

「確かお父さんは公務員でしたよね。毎日スーツを着ていたのではないでしょうか。だとすると髪留めはネクタイピン、アームカバーはネクタイだと思い込んでいるのかもしれませんね」と私は思いついたことを伝えた。つまり野崎さんは、仕事に行くための洋服も同時に探していたということになる。

しかし、こうして洋服を探す理由が見えてきたところで、引っ張り出す癖自体は直らない。洋服を毎日出し続けることを根本的に解決しないことには、奥さんも娘さんも安心はできないだろう。

野崎さんのこの癖は、見方を変えると出し続ける注意力や集中力があるということを意味している。

そこで私は、「お父さんが、昔お仕事で使っていた本や書類をまとめる作業をお願いしてみてはいかがでしょうか?」とアドバイスしてみた。

初めは何の意味があるんだろうと訝しんでいた奥さんだったが、その後実践してみると効果はあったそうだ。つまり野崎さんは何かに集中できている状態であれば、服を散乱させる頻度が減っていくということが分かった。

写真という客観的な要素が認知症ケアに役立つ

これでおおよその問題は解決できたかのように思えた。

しかし最近になってまた、「今日はお父さんなんだか機嫌が悪くてデイサービスに行ってくれませんでした。なんで急にこのような態度を取るんでしょうか」というSOSが再び届いた。

川畑智『さようならがくるまえに 認知症ケアの現場から』(光文社)
川畑智『さようならがくるまえに 認知症ケアの現場から』(光文社)

「ソワソワしたり、キョロキョロしたり、うろうろしたりするときは、本人の中でイライラが起きていることが多いんですよ。トイレがうまくいかないときなど特に起こりやすいです。私たちも、トイレに行きたいのを我慢していると、ソワソワしちゃいますよね。イライラはご家族のせいではないので安心してくださいね」とアドバイスした。

家族の心の平穏を保つことも、認知症ケアの現場ではとても大切なポイントである。

野崎さん一家のように、たくさんの写真を送ってくれるケースはまだまれである。

しかし、認知症ケアを進めていく上で、家族の話だけではなく、写真という客観的な要素があると、とても助かる場合が多い。ぜひ育児を記録するように、介護の様子も写真や動画に残していただきたい。

もちろんその渦中にいるときは、大変な思いがほとんどだと思うけれど、いつかそれらを愛おしく思える日がきっとやってくる、私はそう信じている。

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