過労死は150年前から社会問題になっていた

労働力をとことん使い倒そうとする資本主義的生産は、労働者の心身を蝕むしばみ、その能力や暮らしを破壊し、ときには命さえも奪います。

マルクスは『資本論』で、1863年6月、ロンドンで発行されているすべての日刊紙が一斉に報じたという事件に言及しています。

それは、ある非常に名高い宮廷用婦人服製造所に雇われ、エリズという優しい名の婦人に搾取されていた20歳の女工メアリー・アン・ウォークリーの死亡に関するものだった。〔中略〕女工たちは1日平均16時間半、だが社交シーズンともなれば30時間休みなく働いた。彼女たちの「労働力」がえてくると、シェリー酒やポートワイン、コーヒーが与えられ、労働を続けさせられたという。そして、悲劇は社交季節のピークに起きた。〔中略〕メアリー・アン・ウォークリーは、ほかの60人の女工たちとともに、必要な空気の3分の1も与えないような一室に30人ずつ入って、26時間半休みなく働き、夜は1つの寝室を幾つかの板で仕切った息詰まる部屋で、1つのベッドに2人ずつ寝かされた。しかも、これは、ロンドンでも良い方の婦人服製造工場の一つだったのである。(269-270)

記事のタイトルは「純然たる働きすぎによる死」。つまり過労死です。ここでの問題は、メアリー・アンの悲劇が、『資本論』刊行から150年経った今も日本で繰り返されているということです。残念ながら、「昔の社会はこんなひどいことがあったんだ」という解説を付け加える必要がまったくありません。

2010年代以降、労働災害はより深刻化している

例えば、2008年に居酒屋チェーン「和民」で起きた過労死事件。入社からわずか2カ月で自殺で亡くなった女性は、2カ月の間に227時間もの時間外労働を強要されていました。所定労働時間は8時間、週休2日制と説明されて入社したものの、現場では「店の営業時間が勤務時間」と言われ、長時間労働に加えて休みの日もボランティア活動や経営理念の暗記テスト、レポート書きをさせられていました。

2015年にも、大手広告代理店の電通で入社1年目の東大卒の女性が過労自殺で亡くなった事件がありました。職場では長時間労働が常態化し、被災者の女性は1日の睡眠時間が2時間、1週間で10時間しか寝られないこともあったといいます。

電通ビル
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彼女たちのケースが特殊というわけではありません。労災の申請および認定件数を見ると、2010年代に入って以降、鬱など精神疾患が、脳・心臓疾患を超えて増え続けています。たしかに、人々が積極的に受診をするようになっているという側面もあるでしょう。しかし、それにもかかわらず抜本的な対策が取られていないという事実は変わりません。

マルクスが生きた時代より、労働者の権利に対する認識や労働環境は改善されているはずなのに、労働者に長時間労働を強いる圧力が弱まることはなく、今なお労働力という「富」の破壊が続いているのです。