労働経済学者の指摘で下火になったが…
こうした「雇用の未来」の結論に対し、労働経済学者によって、AIなどが特定の職業をまるごと奪うことは考えにくいとの指摘が多々なされました。一つの職業の中にはさまざまなタスクがある。そのうちのいくつかのタスクは消滅するにしても、職業自体が消えてなくなるわけではないだろうと。それで、AIは仕事を奪わないとのコンセンサスが半ば形成されて、この問題が論じられることは専門家の間ですら少なくなりました。
しかしながら、職業自体が消滅しなかったとしても、職業の中のタスクのいくつかが消滅すれば、その職業の雇用は減ります。それに、私に言わせれば、職業が消滅するかどうかはそもそも重要な論点ではありません。
これまでも、自動車の登場によって馬車を操る御者という職業が無くなったり、電卓やコンピュータの登場によって計算手という計算を行う職業が無くなったりしました。しかし、職業がまるまる無くなることはそれほど頻繁に起こるわけではありません。
したがって、職業が消滅するかどうかではなく、どの職業がどの程度雇用を減らすかをより重点的に検討すべきです。消滅しなくても雇用が8割減るというだけで、その職業に就いている人にとっては死活問題です。
アメリカではAI失業問題が顕在化
アメリカでは近年、AIによって資産運用アドバイザーや保険の外交員といった金融関連の職業で雇用が減り続けています。資産運用や保険の購入に関するアドバイスを行う「ロボ・アドバイザー」というソフトウェアが、人間の資産運用アドバイザーや保険の外交員の雇用を減らしているわけです。他にも証券アナリストやパラリーガル(弁護士助手)が仕事を奪われています。
それに対し、日本ではAIの導入が遅れていたのと、終身雇用制が未だに残っていたので、AI失業は目立って起きませんでした。そんな中、2018年に、大手銀行は軒並み従業員の削減を計画しました。例えば、みずほ銀行は10年かけて従業員を3割減らすと発表したのです。
しかし、新卒採用の抑制という形で対応し、あからさまな解雇を避けることができたので、AI失業の問題は露呈することなく今日まで来ています。かつて銀行と言えば、文系学生が就く職業としては最も人気がありましたが、最近は学生の方でもあまり志望しなくなっており、そういう点から言っても、おおごとにはなっていないのです。