「喫茶室ルノアール」は、他のカフェチェーンとは一風変わった雰囲気が特徴だ。席と席との間隔が広く、食後には無料の日本茶を提供する。なぜコストをかけて経営効率が下がるようなサービスをしているのか。創業家3代目から社長を引き継いだ猪狩安往氏に聞いた――。
喫茶室ルノアール
写真提供=銀座ルノアール

中野の煎餅屋から始まった喫茶室ルノアール

毛足の長い絨毯にゆったりとした間隔で置かれた布張りのソファ。店員が水と布おしぼりを席まで持ってきて注文をとり、コーヒーや食事をサーブする。そんな昔ながらの喫茶店の雰囲気を今も残しているのが、喫茶室ルノアールだ。

運営する銀座ルノアールの猪狩安往会長が社長になったのは、2022年9月28日。48歳の前社長が体調不良により辞意を表明、勤続50年、71歳の猪狩氏が引き継いだ。

猪狩安往社長
撮影=西田香織
1951年生まれ、福島県出身。高校卒業後、1972年に銀座ルノアール入社。きっかけは新聞の求人案内で、「喫茶店の中で一番給料の高いところが銀座ルノアールだった」

この人事を理解するには、同社の歴史と現状を知るのが近道だ。

まずはルーツから。初代社長の小宮山正九郎氏が復員後、中野駅北口で花見煎餅という店を始めた。1957年、四谷で喫茶店ルノアール1号店を開く。1964年に喫茶部門を独立させ、花見商事を設立。これが正九郎氏の銀座ルノアールの社長就任で、1989年には喫茶業として初めて店頭市場に登録を果たした。

2002年に次男の小宮山文男氏に社長を譲り、その文男氏から2015年に社長を譲られたのが長男・小宮山誠氏。猪狩氏の前任社長だ。

徹底した「商人」だった初代・正九郎氏

創業家3代目の誠社長を襲ったのが、コロナ禍だ。2022年3月期の同社決算短信を見ると、2020年3月期に80億4500万円あった連結売上が2021年3月期には41億7300万円と半減、2022年3月期が45億5700万円。経常利益は、4億4700万円→△19億2700万円→△4500万円で、2期連続の赤字と低迷している。

初代社長の小宮山正九郎氏
初代社長の小宮山正九郎氏。猪狩氏は「私にとってお父さんのような人で、よく叱られました」と振り返る(画像提供=銀座ルノアール)

さて、猪狩社長だ。「2022年3月期の当期利益は3億2000万円の黒字にしましたが、そうは言っても営業の方は本当に残念な数字が続いていて、そういったところが前任社長を精神的にも肉体的にも苦しめたと思います。若干の持病もあり、引き止めるとかえって苦しめると思い、退任の申し出を受けることにしました」

社長を引き受けたのは、2013年に93歳で没した正九郎氏への強い思いがあった。猪狩氏の見た正九郎社長は、徹底した「商人」だった。儲けることが第一だが、その前提が社会貢献。社会に貢献できる仕事なら必ず儲かる、儲かれば従業員も潤う、そう考える人だったという。

1972年に入社以来、経営中枢を歩んできた猪狩氏だから、バブル崩壊や東日本大震災などいくつも厳しい局面を見てきたが、コロナ禍は比べようもないものだった。