「そんな基準で成功できるはずがない」と罵倒される
金銭だけでなく、ほとんどの時間を「事業家集団」の活動に費やした。街中で声をかける「友達作り」は「現場」と称され、週7日間通った。終了後は毎日、師匠との「つるみ」を経て、シェアハウスで仲間と打ち合わせをした。
寝るのは深夜3時ごろになり、睡眠は常に数時間。栄養不足と睡眠不足で、倒れたこともあった。それでも、活動をやめようとは思わなかった。師匠の言葉を信じてついていけば、いつか必ず夢がかなうと信じ切っていた。同じようにがんばっている仲間を裏切ることもできなかった。親には活動のことは話していなかったが、何かを察したのか、近況を尋ねる連絡が頻繁に届いた。「経営者になるために学んでいる。大丈夫」。返信はいつも言葉少なになった。
貯金が底を突いたあと、消費者金融で限度額いっぱいの50万円を借りた。しかしそれもすぐになくなり、勉強会の参加費さえ出せなくなった。仲間に打ち明けると「そんな基準(=組織内で夢の実現に向けて自分で設ける活動目標)で成功できるはずがない」と罵倒された。
「同じような後悔をしてほしくない」
仲間がみんな、全国会議に参加するため出かけてしまったある日。静まりかえったシェアハウスで、一人の時間を過ごすのはかなり久しぶりなことに気づいた。ふと、スマートフォンでこれまで活動してきたことや、師匠から言われたことを検索してみた。
「誘いに乗らないで」「新たなマルチ」「カルト集団」
注意喚起が次々に目に飛び込んだ。組織を抜けた元構成員のブログでは、「事業家集団」の実態が事細かに明かされていた。一気に血の気が引いた。親に助けを求め、その日のうちに1年間暮らしたシェアハウスから実家に逃げ帰った。シェアハウスを抜け出してから1年。男性は現在、契約社員として働いている。
自分が「友達作り」で声をかけたことで、「組織の被害者を生んだかもしれない」と今も悩んでいる。「最後まで、おかしいと思わなかったのか」と記者が質問すると、男性は一瞬、迷うそぶりをみせ、声を落として答えた。
「冷静に考えれば、おかしなことばかりだ。当時は「師匠の言うことは絶対」と信じ込んでいた。成功するために必要なことだと信じるだけで、自分で考えようとはしなかった」
仲間と一緒に流され、貴重な時間、職業、全財産を失った男性は、こう呼び掛ける。
「同じような後悔をしてほしくない。立ち止まって、よく考えてほしい」