毎月15万円の美容用品を購入することに

男性は勤めていた会社を辞めた。仕事の時間や休みを自分で決められるよう、フリーランスとして働くことにし、JR山手線の駅からほど近いシェアハウスに引っ越した。セミナーで何度も、職場と自宅が近い「職住近接」がいいと聞いていたため、迷いはなかった。記者は「このとき、引き返すことができたのではないか」と聞いてみた。

「シェアハウスに入ることで、師匠の近くに住め、仲間から刺激をもらうことができると思った。「友達作り」の結果が芳しくなく、そのほうがいいと思った」と男性は振り返った。

シェアハウスに入ってから約3カ月後。師匠から突然、店に呼び出された。ある会社の美容用品を毎月15万円分、購入するよう求められた。師匠は自己投資と説明し「月収100万円を目指すなら、10~20パーセント分の投資が必要」「経営者になれば、数千万~億の投資を即決しなければいけない」と現金での購入を迫った。

名前を聞いたこともない商品だったが、師匠は成分や効果について力説し、褒めちぎった。仲間も男性を囲み、師匠の言葉にひたすら相づちを打った。さすがに悩んだが、師匠を裏切れなかった。毎月下旬、現金15万円と引き換えに、美容用品を受け取った。師匠の店舗に受け取りにいく形式で、スーツケースを使って運ぶ仲間もいた。毎月、商品を購入したものの使い道はなく、段ボール箱がどんどん積み上がっていった。

数百万円あった貯金は1年半でなくなった

初めて商品を購入したあと、男性に変化があった。組織の限定セミナーへの参加を許されたのだ。組織幹部が商品購入を初めて「達成」したメンバーをねぎらってくれた。参加者が次々と壇上に上がり、抱負を語る。男性の番が回ってきた。

「師匠に食らいつき、歯を食いしばって達成できました。来年中には、店舗経営者になります」

100人の前でそう宣言すると、大きな拍手が湧き起こった。全身に鳥肌が立った。これほどまで満たされた経験は、これまでになかった。一方、生活は苦しくなった。毎月15万円分の商品購入のほか、参加費がかかる勉強会やセミナーも頻繁にあった。

それに「オンラインサロン」が加わった。選ばれたメンバーしか入れないといい、運転免許証を提示して顔写真や住所を登録することが条件だった。ただ、組織のトップとされ「カリスマ」「トレーナー」と呼ばれる男性の「格言」や、他のメンバーの活動実績が紹介されるだけだった。

サロンに登録したことで、毎月、関東と関西で数日間開かれ、構成員数千人が集まる「全国会議」に参加できるようになった。組織が手配したバスに構成員が乗り込み、何台も連なって大移動した。交通費と宿泊費として1万数千円が必要だった。転職で収入が減ったこともあり、数百万円あった貯金は1年半でなくなった。食費にも窮し、食べられるのは1日1食。安売り時にスーパーで買い込んだパスタをゆでた。ソースを買う余裕はない。ケチャップなどの調味料をかけて、ただ口に押し込んだ。