「おかしかったらやめればいい」と思っていたが…

軽い気持ちだった――。東京都内の30代男性は、「事業家集団」の構成員として活動した2年間を振り返った。足を踏み入れる前、疑う気持ちはあったものの、「おかしいと感じたら、いつでも抜け出せばいい」とも思った。この判断は誤っていた。「授業料」と割りきるには高すぎる代償となった。

学生時代の友人から、経営セミナーに誘われたのがきっかけだった。セミナーでは、自らの夢や年収を定め、一緒にがんばる「仲間」を作ることを勧められた。登壇者は「勧誘」という言葉は使わず、「友達作り」と表現し、駅前など街中で声かけをして活動の輪を広げることが重要だと説いた。

マイクを手に、息継ぎも忘れて「友達作り」の魅力を訴える参加者。発言のたびに歓声や拍手が上がった。セミナーでは、経営の「師匠」の下、50人の友達を作ると自分も店舗オーナーになることができ、年収が飛躍的に上がると聞かされた。活動に、高額な費用はかからないとの説明もあった。

詐欺、ネズミ講、悪徳商法、新興宗教……。さまざまな「負」の可能性が浮かんだ。それでも「おかしな団体だったら、いい話のネタになる。もしかしたら、本当に経営を学べるかもしれない」という気持ちが勝った。

活動に取り組むためにシェアハウスに入居することに

男性は、10回ほどセミナーを受講。「結果の原因はすべて自分にある。自分が源だ」「人生の幸福度を決めるのは四つ。金、時間の自由、仲間、健康だ」などと繰り返し聞くうちに、「そのとおりかも」と意識するようになった。

友人から紹介され、男性師匠との面会がかなった。東京都内でオーガニックの食品や美容用品を扱う店舗を経営するという師匠について、「どこからでも金を生み出せる人」と聞かされていた。師匠は、真っすぐ男性の目を見ながら言い切った。

「成功したいなら、一緒に活動するしかないよ」

力強く、説得力があった。この日以降、男性は組織の活動にこれまで以上に時間を使うようになった。師匠には、一日の行動を毎日、報告するようにと言われていた。「友達作り」として街中で声をかけた人の名前や年齢、職業、連絡先を伝えるのが義務だった。

「事業家集団」には、師匠の考えを間近で拝聴して学ぶ「つるみ」というしきたりがある。深夜の居酒屋など、仲間とともに師匠に付き従った。しかし、「友達作り」はうまくいかなかった。師匠に相談すると、「集中できていないのでは。成功したいのなら、もっと真剣に取り組まなければいけない。シェアハウスに住んだほうがいい。仲間もいるから」と、仲間と共同生活するシェアハウスへの入居と転職を勧められた。東京、大阪には同様の拠点が複数あり、仲間が多数生活しているという。

居酒屋でビールを飲みながら乾杯するイメージ
写真=iStock.com/kazuma seki
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