若者を狙った「脱法マルチ」の被害が広がっている。毎日新聞の小鍜冶孝志記者は「最盛期には6000人以上の若者が月15万円を上納していたとみられている。幹部は法律を熟知しており、取り締まりを避ける手口はきわめて巧妙だ」という――。(第2回)

※本稿は、小鍜冶孝志『ルポ 脱法マルチ』(ちくま新書)の一部を再編集したものです。

男は水を飲んで、彼の携帯電話をチェックします
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“財閥”のようなビジネスモデル

「事業家集団」トップとされる男性Yは2018年春、現在の組織の原型となる新たな「ビジネスモデル」を生み出した。約20年間、会員として活動したマルチ商法企業からの「造反」を企てたものの企業側に察知され、資格停止処分を受けた。時期に誤算はあったが、ごく少数の側近とともに水面下で準備を進めており、「鮮やかな移行だった」という。

Yが長年の活動で学んだことは、マルチ商法の難しさだった。契約を巡ってトラブルになりやすい販売方法から消費者を守る「特定商取引法」は、マルチ商法を「連鎖販売取引」として規制対象としている。マルチ商法そのものは合法でも、特商法でさまざまな禁止行為が定められている。

当時を知る組織関係者は「マルチは結局、特商法の制約があり、いろいろめんどくさい。法的にはマルチじゃない仕組みにしようと考えた」と明かす。Yの組織には、これまではマルチ商法企業に任せていた「構成員の個人情報管理」が必要になった。

顔写真や住所の登録と管理、構成員のあかしである「オンラインサロン」の会費徴収や運営など、ロジスティック(後方支援)を担当する会社を設立した。構成員に販売する美容用品の製造販売会社は、Yの側近であるIが社長を務める。この2社が、事業家集団の中核を担う。

幹部に出させた店舗は、飲食店や美容室などもあるが、基本的にはオーガニック食品や雑貨などの小売店となっている。美容用品を取り扱うためだ。店舗経営者は、構成員を束ねる「師匠」の役割も担う。世の中や構成員に向け、組織の信頼性を高めるための会社もある。Yが経営する会社は、元プロ野球選手や芸能人と対談し、組織の会議やセミナーにも参加してもらう。その他にも、イベント会社や、人材育成会社などさまざまな業種の会社を幹部に設立させ、次々と「事業家」が誕生した。

Yを中心として、組織内で多様な産業が集まる多角的な事業形態を取るビジネスモデルは、まさに財閥だった。