1971年、アメリカで行われたボクシングの世界ヘビー級タイトルマッチは、世界で約3億人が視聴する「世紀の一戦」となった。モハメド・アリ対ジョー・フレージャーの一戦は、なぜそこまでの注目を集めたのか。作家の百田尚樹さんが書く――。

※本稿は、百田尚樹『地上最強の男 世界ヘビー級チャンピオン列伝』(新潮文庫)の一部を再編集したものです。

写真=manhhai/CC BY-NC 2.0/flickr

なぜフレージャー対アリ戦は「世紀の一戦」なのか

世界ヘビー級タイトルマッチにおいては、これまで「世紀の一戦」と銘打たれた名勝負がいくつもあった。20世紀初頭に行なわれたジャック・ジョンソン対ジェームス・J・ジェフリーズの戦いは、黒人対白人の代理戦争であったし、第2次世界大戦開戦前夜に行なわれたジョー・ルイス対マックス・シュメリングの戦いは、人種の争いに加えて、アメリカの自由主義対ナチスの全体主義という様相を呈していた。

いずれも単にスポーツの対戦という枠を超えた「戦い」だったが、ジョー・フレージャー対モハメド・アリの一戦もそうだった。ここには「ベトナム戦争」が絡んだ政治的な意味もあった。

この試合は純粋にボクシングの試合として見ても、過去に一度もなかったプレミアムが付いたものだった。

対戦するのはともに無敗の前チャンピオンと現チャンピオン。かつて史上最強の呼び声が高かったアリの戦績は31戦全勝(25KO)、対するフレージャーも史上最強の仲間入りをするかもしれないと言われているボクサーで、その戦績も26戦全勝(23KO)というパーフェクトなものだった。

長いヘビー級の歴史においても、無敗の2人のチャンピオン(一人は前、一人は現チャンピオン)がリング上で雌雄を決するという試合は一度もなかった。

しかもアリはスピード感豊かな新しいスタイルのアウトボクサー・タイプ、フレージャーは猪突猛進の古いスタイルのファイター・タイプであり、この対決は異なるボクシング・スタイルの激突でもあった。マスコミはそれに加えて、別の対決要素も盛り込んだ。すなわち「徴兵忌避者対愛国者」、「イスラム教徒対キリスト教徒」といった具合だった。

アリのやばすぎる“口撃”

アリは試合前の舌戦でフレージャーを口汚く罵った。「のろま、間抜け、バカ」といった罵倒語だけでなく、白人に従順な黒人を揶揄する意味で、彼を「アンクル・トム」と呼んだ。

モハメド・アリ氏(写真=Wikimedia Commons)
モハメド・アリ氏(写真=Wikimedia Commons

これは前にフロイド・パターソンに使ったのと同じ手口だった。アリはテレビ番組でこうも言った。

「フレージャーを応援するのは、スーツを着た白人と、アラバマ州の保安官と、KKK団だけだ」

またことあるごとに「フレージャーを応援する黒人は、どいつもこいつもアンクル・トムだ」と言った。アリはそうやってフレージャーに心理的プレッシャーを与えたのだが、そのやり方はフェアではなかった。