「重い病気だから、家にはいられない」は事実ではない

実際に密着取材中、独居で寝たきりの患者に複数人出会った。ある60代後半の女性患者は「家で診られる状態じゃない」「残りわずかの命」と病院医師から言われたそうだが、本人の希望で家に連れて帰ると、出なかった声が出るようになり、点滴も不要になったという。

女性の鎖骨付近には直径3センチ程度の丸い埋め込みがある。「ポート」というのだと、山中医師に教えてもらった。

「口から摂取するのが大変になった人が、鎖骨付近の静脈からカテーテルを挿入し、ポート本体を埋め込み、栄養や薬を入れるんです。ここから針を刺すんですけど、仮に抜けたとしても血が流れることはないし、トラブルも少ない。在宅では使いやすいんですよ。ただ、この方の場合、当初は2週間程度家で点滴をしたんです。それで良くなった時に病院でポートをつけてもらい、家で最期を迎えるということで帰ってきました。でも、そしたら家で口から食べられるようになって、すっかり元気になって」

これだけ重い病気だから、家族がいないから、家にいられるはずはないという指摘がよくされるが、それは事実ではないと、私はこの取材中に何度も感じた。この女性を見ても、改めてそう思った。ベッドに横になりながら、窓の外を眺めていたその姿に、つらさや寂しさをまったく感じなかったからだ。むしろ山中医師と話す表情には笑顔が見られ、私に対してもジョークを飛ばしてくれた。

費用は「年金の範囲内」で十分にまかなえる

また、在宅では入れ替わり立ち代わり人がやってくる。寝たきりであればホームヘルパーを中心に一日に複数回は誰かがくる。孤独……ではないだろう。

それどころか身寄りがない、いわゆる「おひとりさま」は、在宅医療の“超適応”なのだそうだ。

「自分たちが行くことで喜んでもらえる。寝たきりの方であれば朝・昼・晩にホームヘルパーさんが入る。動ける時はデイサービスやショートステイを使いながら最期は自分たちが家族の代わりに写真を撮ったりしてよい時間を作りたいという思いで診療しています」

笹井恵里子『実録・家で死ぬ』(中公新書ラクレ)
笹井恵里子『実録・家で死ぬ』(中公新書ラクレ)

最後に金銭面についても、年金の範囲内で十分にまかなえます、とのこと。正直、密着取材中も裕福と感じる人のほうが少ない印象だった。最低限の生活で精いっぱいのような人たちでも、最期を家で過ごしているのだ。

家族は仕事を続けながらでもOKで介護負担はほぼゼロ、おひとりさまでもお金がなくても家で過ごせる――そうであれば、家で死ぬことを選択してもいいと、山中医師の話や実際の訪問診療の現場を見て私は思った。おそらく人生案内に相談した60代女性も、この話を聞けば安心して決断できるだろう。ちなみにその相談に対する識者からの回答文には「夫を(あなた一人で)自宅で看取るのはかなり無理があると私は思う」と記されていた。介護サービスの本来の役割やできることを知らない言葉だと感じる。

必要なのは、介護力でもお金でも、家族でもない。介護サービスにまつわる知識と、在宅診療所を選ぶ目だ。

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