最期の言葉は「おー、神様。何が起こったの?」
筆者が1997年の“あの”事故を強烈に覚えているのは、年初に生まれた長女が初めて自分の足で立った日だからだ。両足をブルブル震わせながら立とうとする赤ん坊の横で、ダイアナが乗った車が無残にも大破する映像がテレビで間断なく流れていく。
死は生の対極ではなく、すぐ身近にあることを再認識した日でもある。
1997年8月31日、南仏でのバカンスを終えパリにいたダイアナは、当時の恋人のエジプト人富豪、ドディ・アルファイド氏とベンツに乗っていた。執拗なパパラッチの追跡をかわすように車は高速で疾走していたが、運転手はトンネルのコーナーを曲がり切れず壁に激突したのだ(事故死の原因は運転手の飲酒とも言われる)。恐ろしいのは、彼女たちを追跡していたパパラッチはけが人の救助もせずに、そのすさまじい現場を撮影し続けたこと。
ダイアナを救助しようとするレスキュー隊に対して、彼女は息も絶え絶えに「ああ神様。何が起こったの?」と呟いたといわれる。思えば、彼女の36年の人生は「何が起こったの? 何でこうなったの?」の連続だったのではないか。
チャールズは、ダイアナの姉がふった男
ダイアナを巡る訳の分からない状況は、すでに結婚当初から始まっていた。まずは、故人の歩んだ道を過去の報道から振り返ってみよう。
チャールズ(当時)との結婚式(1981年)のニュース映像では、「ふたりは恋愛結婚です」と解説されていたが、厳密には王室の思惑が絡む政略結婚と言える。
ダイアナの夫だったチャールズにとって、現王妃のカミラは初恋の人。しかし出会った当時、英国海軍の軍人で、外国行きが決定していたチャールズはカミラにプロポーズする機会を逸してしまう。
カミラと別れた後のチャールズはどの女性とも交際が長続きしない。30歳を過ぎても未婚であることを憂いた家族が、上流貴族・スペンサー伯爵家の末娘のダイアナとの結婚を勧めた。実はダイアナの姉・セーラとチャールズが付き合っていたが、セーラがチャールズをふったらしい。
なにせ、チャールズは3歳で王位位継承者第一位になった生粋の王子様。ベッドの中でガールフレンドに「Sir(殿下)と呼べ!」と強要したと新聞記事にすっぱ抜かれるわ、独特すぎる自分ルールを頑なに守り続けるわ、並の女性ではとても付き合えきれない厄介な性格だったという。そこで最終的に、当時19歳で男性との交際経験がそれほどない無垢で教育しがいのあるダイアナに白羽の矢が立ったというわけだ。