黒田は、財務省出身ながら珍しく真っ当な経済学を修めています。というのも、とある著名な経済学者が「羽田に着いた瞬間、アメリカで習ったことを忘れなければいけない」と言っていたほど、日本の経済政策には特異なところがあるのです。
霞が関のキャリア官僚は、各省庁からの選抜で海外に留学させてもらえる制度があります。財務省エリートは海外の経済学の泰斗に学んで帰ってくるはずなのですが、なぜか日本の経済政策は近代経済学の常識に反し、経済成長を避けるようなことが行われてきました。バブルが弾けても増税、大震災が起きても増税です。
令和4年現在、三代先の財務事務次官になると言われている首相秘書官の宇波弘貴など、世界一の経済学者と言われているポール・クルーグマン博士の指導を受けています。クルーグマン博士は2010年の週刊誌インタビューで、「13年連続でデフレ不況を続ける中央銀行総裁など銃殺すべき」とまで言った人です。その宇波にして、現在「増税をやってくれなければ困る」というようなことを言っているわけです。
財務省を退官し、民間に行ってからも増税を絶叫する元財務官僚などザラで、もはや増税を言っていないとOBとしても居心地が悪いようです。ここまでくると、バカなのかスパイなのか、もはやよく分かりません。
「たすき掛け」人事が慣例
日銀総裁は、財務省出身者と日銀出身者が交互に就く「たすき掛け」人事が慣例です。
一方の財務省は「国は借金をしてはならない。歳出は歳入の範囲に収めねばならない。しかし、それができずに財政状況が悪化しているので、不況でもなんでも増税だ」と考える特異な人々の集まりです。
もう一方の日銀はインフレーションを目の敵にする、これもまた特異な人々の集まりです。日銀総裁任期は5年で財務省出身者と代わりばんこですから、10年に一度だけ誕生する日銀出身の総裁候補はプリンスとして保護される世界です。それ以外の人たちの仕事は、地方の偉い人と酒を飲んで情報を集める(弱みを握る)ことですから、情報の扱いには非常に長けています。
また、日銀はメガバンクをはじめ地方銀行を含めた国内のすべての銀行の銀行というプライドがあります。普通の銀行のトップは頭取ですが、日銀だけが総裁を名乗っているのです。
金融資産を運用する銀行の親分であるという意識なので、「金利を上げたい病」「インフレ退治万歳」になるわけです。昭和57(1982)年から順次刊行された『日本銀行百年史』でも、序文にあたるところから、日銀がいかにインフレと戦ってきたかを説いています。
「日銀は日本の癌だった」
平成初頭のバブル崩壊以降、日本はデフレ経済に苦しみ続けてきましたが、実はこの間、財務省と日銀の総裁たすき掛け人事の慣例が崩れています。
平成10(1998)年3月に総裁に就任した速水優から、平成25年3月に白川が辞任するまでの15年間、三代にわたって日銀出身の総裁が続きました。そして、まさにその間に日本はGDPで中国に抜かれたのです。