景気が良くなれば世論がついてくる

安倍には、もうひとつ、過去にこじれ続けてきた懸案を収めたいという考えがありました。靖国神社参拝の問題です。時の政権が終戦記念日の8月15日に靖国神社を訪れると、決まって中国や韓国が騒ぐというのが定例行事のようになっていました。

歴代総理大臣は「私的参拝」という理屈で曖昧にし、メディアが毎年大騒ぎを繰り返します。そこで、安倍は春か秋、神社でもっとも重要とされる例大祭に参拝し、問題の収拾を図ろうと考えたのです。

安全保障にしても、外交が絡む靖国問題にしても、世論の後押しが必要です。景気が良くなれば世論がついてきます。

だから安倍は、景気回復を2年で行い、同時並行で手を付けられるものから手をつけていき、最終的に憲法改正の下準備をするという態勢で臨んでいました。この方針は、イデオロギー色の強い保守層をも納得させつつ、政治経済の本筋でした。

ただし、6月28日に財務事務次官に就任したばかりの木下康司は、こんな強い政権を築きつつある安倍晋三首相に対し不敵な態度です。新潟出身の木下は地元紙で、増税は首相の決断次第だとしつつも、「われわれの立場としては予定通りに進めてもらうことを望んでいる」です(『新潟日報』2013年7月20日付)。

消費増税8%がすべてだった…

安倍内閣の前途には、暗雲が待ち受けていました。三党合意の枷です。

参院選に勝利した2日後、最初の財務大臣記者会見で麻生太郎が「これで増税ができない環境は無くなった」と不穏な発言をしています。包囲網に加担するマスコミは、安倍が何も決めていないのに、事あるごとに「首相増税決断」と報じ、またたく間に包囲網が安倍を取り囲みました。

マスコミが「増税決断」と報じるたびに、官房長官の菅義偉が「そうは言っていない」と否定し、安倍が経済成長を訴え続けるという構図が繰り返されます。

坂道の勾配が8%であることを示す道路標識
写真=iStock.com/oasis2me
※写真はイメージです

マスコミは、増税に反対する趣旨の識者の発言を逆の意味に捏造することまでしました。挙句の果てには、安倍や菅という政権中枢があずかり知らないうちに「10月1日の午後5時に閣議決定、午後6時から首相記者会見」というスケジュールが先行して報道されてしまいます。

増税包囲網は大勢力です。自民党の九割、公明党の全部、野党民主党の幹部全員、経済三団体すべて、連合、マスコミの六大キー局および六大新聞社が「増税しろ」の大合唱の状況です。ただ、心ある日本人はいました。リフレ派の経済学者や言論人は「ここで増税したら景気が悪くなるぞ」と繰り返し訴えます。

増税のリーク報道が飛び交う

この頃は、公の場で増税反対を言えば、有形無形の圧力がかかりました。識者と呼ばれる人たちが勤める民間企業でも、強硬な増税反対は言いにくかったのです。