学校の先生と塾の講師が膝詰めした「歴史的瞬間」
「おもしろいじゃないか」
高橋は驚きつつも、すぐにゴーサインを出した。「教師に重要なものは情熱」を持論にする高橋は、これまでも「おもしろさ」を基準に事業を進めてきた。
サピックスは19年前、勤務先の方針に反発した10人の講師が「理想の塾をつくろう」と立ち上げたベンチャー塾である。中学部・高校部と小学部は同じサピックスのブランドを使っているが資本関係のない兄弟会社として歩んできた。どちらも偏差値70を超える超難関校の合格実績で業界トップだ。創業メンバーの一人である高橋は、授業で日々変化していく子どもたちにすっかり魅せられ、専務業のかたわら、今も「開成志望クラス」を中心に20コマを教える現役理科講師でもある。高橋にとって、河合の提案してきた仕事は「おもしろい」と言えるものだった。
「そもそも、少子化が進む今後、受験市場という小さなパイで同業者が鎬を削ったところで進歩はない。何か新しく始めようということで営業部門を立ち上げたんですから、ほかのどこもやっていないことをやりたいじゃないですか」
だから、採算を度外視しても公立中学校での受験対策をやるのだ、と強気に語った。
費用は45分1コマにつき500円に決まった。月48コマのコースでは月謝は2万4000円。単純にサピックスで同じ時間の授業を受けると月謝は約4倍。「講師の授業料だけ。事実上は赤字」(高橋代表)という価格になった。
週4日、進学塾の講師が教壇に立つ。日本初の試みだ。解決すべき課題は山積していたのだが、すべて校長の藤原が調整してしまった。
たとえば、学校は直接、塾に教室を貸し出すことはできない。このため卒業生の保護者や地域のボランティアを中心とした運営組織「地域本部」を立ち上げ、地域本部が教室を借り受けて「夜スペ」を運営することにした。また「入塾試験」を行うために、「今、学校の授業がどこまで進んでいるか」を教師と塾講師が話し合う機会もつくった。