学校現場はとにかく忙しい。特に公立中学の場合、教師は「教えること」に専念できないほどだ。窮余の策として注目されるのが「塾と公教育の連携」。そのきっかけは1通のDMだった――。
「対象は吹きこぼれ」藤原校長の逆提案
08年12月のある日。東京・杉並の静かな住宅街に、日が暮れてもなお煌々と灯りの点る建物がある。区立和田中学校の教室で、夜7時から授業が行われているのだ。底冷えのする廊下に問題を読み上げる教師の声が聞こえてきた。教室を覗いてみると、制服や私服、まちまちの格好をした中学生が20人弱。黒板にグラフを書く教師の手元を追いながら、数学の問題を解いている。といっても、教壇に立つのは受験塾サピックスの講師だ。
「まさか、本当に決まったのか」
さかのぼること約1年。07年10月、和田中で週4回の講座を受注したと、企画営業部の河合尚男から報告を受けたとき、サピックス中学部・高校部代表の高橋光は思わず本音を洩らした。和田中で08年1月にスタートした出張講座「夜スペ」は、塾側にもそれほどインパクトがあった。
河合が企画営業部の責任者としてサピックスに入社したのは2年前のことだ。前職は大手不動産会社の営業マン。FC加盟店を飛び込みで開拓するのが仕事だった。入社の動機は、代表の高橋に「好きなことをやってよい」と言われたから。その時点では、河合自身はもちろんのこと、営業部門を立ち上げたばかりの会社側も、一体何を、どこに向けて「営業」するのか、白紙だった。
前職で全社1位のセールス実績を打ち立てた河合は、「売る」ことへの自負はあったが、私生活では子どもがおらず、塾には何十年も足を踏み入れたことがなかった。サピックスに入社して初めて教育産業に関わることになったのである。