認知症の母が教えてくれた「真心で相手に向き合う意味」
「僕のために検査を受けてください」と頼むこと。
残された手段はもうこれしかない。
そう考えた僕は母に言った。
「母さん、僕は母さんが心配で心配でたまらない。母さんには長生きしてほしいし、もっと安心して生活を送ってもらいたいと思ってる。
でも、このままじゃいつまた事故が起きるかわからない。母さんに危険が及ばないとも限らない。そんなことにならないためにも、検査を受けてほしい。僕のために、検査を受けてほしいんだ」
この言葉を何度か繰り返すうち、母は次第に態度を変えていった。
初めのうちは話をされるのも嫌、という感じだったが、やがて僕の話に耳を傾け、渋々ながらも、検査を最後までやり通してくれた。
僕の言葉によって母が変わってくれたというより、説得を試みる中で僕自身が変わり、そのことが母の心に響いたのだろう。
医師としての立場を捨て、真心で相手に向き合う。
そうしたかけがえのない経験を、僕は認知症の母によってさせてもらったのである。