母が本当に守りたかったもの

たいていの医師は、「医者目線」で話そうとする。

「認知症の可能性があるから検査が必要ですよ」

という感じでしか語らない。

一方、名医と呼ばれる人は、こういうときに「医者目線」では語らない。

医師という立場を自ら離れ、患者さんの側に立ってみる。そして患者さんに寄り添い、不安な気持ちを丁寧にすくい上げ、うまく治療の道に乗せていく。

誠に残念ながら、当時の僕はこういうことができなかった。

いくら優しい言い方をしても、結局「医者目線」のまま母に向き合ってしまっていたのである。自分の未熟さに泣きたくなる。

「医者目線」のまま母に向き合っていた
写真=iStock.com/kuppa_rock
「医者目線」のまま母に向き合っていた

とは言え、未熟ながらも僕は必死だった。

母の異変が進み、家族が壊れそうになる中で、やがて医師としてではなく、一人の息子として何ができるかを猛然と考えるようになっていった。

そしてある時、ふとひらめいた。

そうだ、母が一番守りたかったのはこの僕だ。

だから我慢して、遠慮して、僕には何も言えないでいた。

振り込め詐欺にだまされ、200万円を振り込んでしまったこともある。

記憶がなくなっても性格が変わっても、恐らくそれは今も変わらないはず。

だとすれば、母を説得できる方法は一つしかない。