鉄道現場には“指差喚呼”という動作がある

では、どうやったら事故は防げるか。基本的には人為ミスを防ぐために「訓練」することだろう。

日本の鉄道現場には「指差喚呼しさかんこ」と呼ばれる安全確認の動作がある。運転手や車掌が青信号を指差しながら「信号よし!」と大きな声を出す、あの仕草である。

明治時代に始まったとされるが、今日まで国内の鉄道では当たり前の安全確認法になっている。それは、自動列車停止装置などの安全装置が当たり前になった今でも変わらない。この指差喚呼、日本特有の慣行だそうだが、鉄道現場だけでなく、製造業の工場や工事現場などでも幅広く使われている。たとえ相方がいなくても大きな声を出すことで、自分自身の注意力が喚起される。

しかも、この「指差喚呼」を新人教育などで、徹底的に叩き込む。「身体に覚えさせる」わけだ。列車を走らせる前には必ず声を出して安全を確認するという動作を「ルーティーン」化する。いくら綿密なマニュアルを作っても、それが現場で実践されなければ意味がない。実践させるためには繰り返し「訓練」する事が重要だ。バスを止めて子供を下ろしたら、残っている子供はいないか、椅子の下を指差しながら、「座席よし」といった具合に大きな声で確認する。一見、単純な作業でも、安全確認としては大きな効果を上げるはずだ。

マニュアルを守ることが目的になってはいけない

センサーなどの安全装置や、マニュアルは重要には違いない。だがともすると、センサーがあるから確認を怠っても問題は起きないという「機械任せ」の油断が生じる。マニュアル通りに作業を行っていたのに事故になった、と首を捻ることにもなりかねない。「最後は自分の責任だ」と運転手自身が肝に銘じることこそが重要なのだ。

実は、そうした「現場の責任感」が強いことが、欧米の企業経営者から称賛されてきた。「日本企業の強さは『ゲンバ』だ」と破綻の淵に追い込まれた日産自動車に乗り込んだ当時のカルロス・ゴーンは舌を巻いたものだ。

そのゲンバの強さは細かいマニュアルが整備されていたからできたわけではなく、現場を預かる一人ひとりが問題点や危険性を察知して対処、改善することができたからだ。その後、経営効率化の中で、欧米流の経営スタイルから入ってきたマニュアル重視の姿勢に対して、古くからの現場の職人の多くが「最近はマニュアル人間ばかりになった」と批判していた。

仕事の最終目的はより良い製品を作ることであって、マニュアルを遵守していれば良い、というものではない。それが「現場の責任」というものだった。