成功事例1:映画『ジョーカー』

2019年に公開された映画『ジョーカー』は、ライバルであるマーベル映画へ良い嫉妬を抱き、別の強みを作ることで作品の評価と興行収入の両面で素晴らしい成功を収めた。

白い背景に描かれたJOKER
写真=iStock.com/DOMSTOCK
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マーベルは2008年の『アイアンマン』を皮切りに、12年間で23本ものヒーロー映画をヒットさせ、1つのフィナーレを迎えた2019年公開の『アベンジャーズ・エンドゲーム』では世界歴代最多となる興行収入27億9780万ドル(約3000億円)を達成した。この王者マーベルに対し、もう1つの漫画原作ヒーローものであるDCコミックスは、シリーズ全体の売上や評判で大きく差をつけられていた。特に2017年の『ジャスティス・リーグ』の失敗により、製作スタッフの人員削減まで行われ、「マーベルは非常に優れた仕事をしており、彼らと同じ闘いはすべきでない」と公言して、今後の軌道修正を余儀なくされていた。

マーベルとの徹底的な差別化が映画『ジョーカー』を生み出した

映画監督のトッド・フィリップスは、バットマンの宿敵として人気の高いジョーカーを主役にした新企画を提案した。「マーベルはすごい怪物で、同じ方法ではDCはまず勝てない」、「だから彼らにはできないことをやろう」とスタジオ幹部を説得したのだ。

マーベル映画の長所として次の3点が考えられる。

① 沢山のヒーローを結びつける物語で、老若男女を広く楽しませる
② CGを多用し、フィクションとしての面白さを追求する
③ 多額の予算をかけ、製作費や宣伝費を惜しまない大作にする

これらを踏まえ、『ジョーカー』では異なる強みが追求されている。

① 独立した作品として、キャラクターをより深く生々しく描き、大人向けの作品にする
② 極力CGは使わずにリアル路線を追求し、現実と結びつく物語にする
③ 実力派のキャスト・スタッフを集めた低予算作品にする

ライバルに良い嫉妬を抱き、相手の長所を認めたうえで、徹底的に差別化したのだ。この企画はスタジオに認められ、前例に縛られない自由な脚本が作られた。フィリップス監督は約1年をかけて脚本を練りあげ、社会的に恵まれない心優しい男が希望を持って生きようともがき苦しみ、その果てに悪のカリスマへ変貌していく姿を過激に描く、原作とは大きく異なる新たなストーリーを生みだした。

『ジョーカー』はベネチア国際映画祭で初めて披露されると、「世界はこの作品の以前と以後に分けられる」と評されるほどの大絶賛を受け、漫画原作として史上初となる金獅子賞(最高賞)を受賞した。その後も名だたる賞を総なめにし、アカデミー賞でも作品賞・監督賞など11部門でノミネート、主演男優賞と作曲賞で受賞を果たした。

一般公開では、世界各国で賛否両論の社会現象を巻き起こしながら大ヒットした。最終的な世界興行収入は10億ドルを突破し、15歳未満が鑑賞できない「R+15指定作品」として史上初の快挙を果たした。これは、内容の過激さから世界最大級の映画市場である中国での公開が禁止されたなかでの快挙でもあった。さらに、製作費や宣伝費を抑えた大ヒットでもあり、漫画原作映画として史上最高の利益率を達成した。2024年には続編の公開が予定されている。