唐の二代皇帝・太宗と部下のやり取りを収録した『貞観政要』は、ビジネスリーダーの必読書と言われる。どんなことが書かれているのか。『悪党たちの中華帝国』(新潮選書)を書いた京都府立大学の岡本隆司教授は「本の内容は『部下の話によく耳を傾けよ』などごく常識的で目新しさはない。それには歴史的な理由がある」という――。
文庫本を手に仰向けになる男性の手元
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日本のビジネスリーダー必読書に描かれている稀代の名君

——そもそも『貞観政要』とは、どのような本なのでしょうか。

貞観政要』は、唐の第二代皇帝・太宗(李世民、598~649年)と臣下たちとの問答を記録したとされる本です。貞観とはその太宗皇帝の年号で、かれは「貞観の治」と言われる太平の世を築いた稀代の名君、それを支えた部下たちも名臣の誉れ高い人たちです。

そのため古来より、エリートたちが帝王学を修めるために愛読してきた本で、現代でも「指導者の条件」や「人材の登用」などの視点から、組織運営の参考書としてビジネスリーダーに広く読まれています。

しかし、中国史を専門にしている身からすると、『貞観政要』の内容を額面通りに受け取ってもいいのだろうかと、ちょっと疑問に思わないでもありません。

——岡本さんは『貞観政要』の内容に批判的なのですか。

内容自体に特に批判はありません。そもそも古典はどんな読み方をしてもよいものですから、そこに口を挟むつもりはありません。

ただ、『貞観政要』で書かれている太宗と部下のやりとりが示しているのは、「部下の話によく耳を傾けよ」「失敗を素直に認めて反省せよ」などごく常識的な内容で、さほど目新しいものではありません。

ですから、この本に価値があるとすれば、歴史上、実在した名君と名臣が実際に交わしたやりとりであるという「事実性」にあるはずです。たとえば、私がこの本と同じことを言っても、ほとんど何の説得力もないでしょう。

では、太宗は、本当にあの本で書かれているような謙虚で清廉潔白な名君だったのでしょうか? 歴史家から言わせてもらえば、決してそのような人物ではありません。