財政再建が優先され、必要なところに予算を取れなくなった日本。30年も続く停滞を脱する方法はないのか。オリックス シニア・チェアマンの宮内義彦さんと駒澤大学経済学部准教授の井上智洋さんの対談をお届けしよう――。

※本稿は、宮内義彦・井上智洋『2050年「人新世」の未来論争』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。

日本経済と株価チャートのイメージ
写真=iStock.com/Ca-ssis
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財政再建主義に陥ってしまった日本

【宮内】ご専門の先生を前にして恥ずかしいのですが、私はほんの数年前まで、「赤字財政というのは非常に問題だ。ここまで借金していいのだろうか。現実的に見て、もう返済できないのではないか」と深刻に考えていました。

当時は講演などで、「これだけの財政赤字をつくると、選択肢は二つしかない。一つは踏み倒すか、もう一つは国民に負担をお願いして返済するか。国が踏み倒すわけにはいかないので、返済するしかない。しかし、これほど赤字が巨額になると、本当に返済できるかどうかわからない。数十年にわたる財政再建計画をつくり、申し訳ないが次の世代にも営々と返済してもらう。それにプラスして年数%程度のインフレを恒常的につくり出して、多少でも負担を減らす。それぐらいのことしかできないだろう」という話をしていたものでした。

日本では今や国が何をするにも財政の制約があり、「日本という国を自身で防衛しないといけない」という国家としての基本的なところでも、「防衛予算はGDPの1%しか出すべきではない。それ以上支出すると財政がおかしくなる。あとはアメリカにお願いするしかない」という話で、「仕方がない」と諦めていたわけです。

しかしよく考えてみると、これは本末転倒です。まず「日本という国がある」ことが先であって、国民の生活が守れなかったら財政も何もない。お金がいくらかかったとしても、国防だけに留まらず、国民生活を守らなければならないのです。

今は一事が万事、逆の発想になってしまっています。たとえば、日本政府の教育支出はGDP比で先進国の中で最低レベルと言われています。日本人の教育は後れを取っているのです。日本がこれから世界で競争していくためには、もっともっと教育に力を入れなければいけない。ところが大学の予算など毎年、「どうやって削ろうか」と議論しています。

防衛や教育だけでなく、いろいろなことが「財政再建」というひと言のために予算を取れずに後回しになったり止まっている。日本は「財政再建至上主義」とでもいうべき国になってしまっています。それが現実です。

オリックス シニア・チェアマン 宮内義彦さん(右)と駒澤大学准教授 井上智洋さん
撮影=小林久井
オリックス シニア・チェアマン 宮内義彦さん(右)と駒澤大学准教授 井上智洋さん

政府が累積赤字を返済しなくてよい理由

【宮内】そこへMMTという新しい学説が出てきて、私もその話を知る機会がありました。MMTでは、「政府は自身で通貨を発行できるのだから、過度なインフレにならないかぎり、国家予算の制約は気にしなくていい。むしろ景気が悪くなれば、躊躇なく財政出動すればよい」と説きます。

これはまさに、積年の悩みを解決してくれる考え方です。私は「これだ!」と目から鱗が落ちました。実際に詳しくその理論を聞き、二、三冊書物を読んでみても、今のところ「この考え方は正しいのではないか」と私は思っています。日本の財政再建至上主義を廃し、「国民生活向上」を目的とした経済政策に転換することが、すでに30年にもわたる停滞から脱する道だと思い至っています。