125人がひとつを奪い合う共同トイレの惨状
「奪い合いといえば、もうひとつある……」と、別の子が切り出した。
「トイレが全然足りてないの。このエリアでいくつかしかなくて、すごく困ってる」
各家には水道もなければ、トイレもない。地域にある公衆トイレにその度に行かなくてはいけないのだ。
ちなみに、あとからNGOのひとにもらった情報によると、このキャンプ全体でトイレは75個しかないそうだ。人口比にすると、125人にひとつしかない。
これはさすがに深刻な問題のようで、ほかの子たちもどんどん加勢する。
「朝とか、トイレの列がすごいの。並んでて学校に遅れそうになっちゃって、ほんとにいやだ」
「小さい子とか、我慢できなくて側溝とかでしちゃうの……。そうすると臭いし、汚いし」
次から次へと彼女たちの口から出てくる悲惨な問題に、ただ頷いて聞いているしかなかった。
「トイレのなかもね、きたなくって。衛生的にすごく問題だと思うの。みんなつば吐いたりするし、トイレを掃除するひとだってつば吐いてるし」
この子たちの年齢を思うと、もうじき生理なんかが始まってもおかしくない時期だ。そうなれば、清潔じゃない環境というのはよけいに心配だ。
「夜にそとにいる人たちは特にこわい…」
「あと、わたしは夜がこわい。電気もないなかでそとのトイレに行かなきゃいけなくて。そういうときに、男の子がこっち見てきたりするともう……。I don’t feel safe」
耳を塞ぎたくなる。ミス・ルーピも、顔をしかめている。
「そう、夜にそとにいるひとたちは特にこわい……。ちょっと、おかしいから……」
「どういうこと?」
ミス・ルーピが聞いても、女の子たちはなにか言いづらそうにしている。
「すごい騒いだりして……」
「それは、アディクト、かしら。わけのわからないこと言ったりしてるんだよね?」
「う、うん、わたしはよくわからないけど……」
自信なさげに口を濁す応えには、こんなこと話していいんだろうか、という不安が絡みついているようだった。
ふと、彼女たちはまだ薬物や依存について、学校でちゃんと習っていないんじゃないかと思った。正体不明のおそろしいものについて話しているような、戸惑いが見えたからだ。そもそも、どこかの時点で習うのだろうか。なにも知らないまま、そんな状況を目の当たりにしてしまうのは……。「スラム」ということばを聞いて当初覚えた、不穏な胸騒ぎが、またじりじりと蘇ってくる。