選挙や政治家は本当に必要なのだろうか。イエール大学助教授の成田悠輔さんは「将来的には政治家はソフトウェアやアルゴリズムに置き換えられ、自動化されていくだろう。言い換えれば、政治家はネコやゴキブリで代用できるようになる」という。著書『22世紀の民主主義』(SB新書)からお届けする――。
ノートパソコンのモニタを見つめる猫、その手はキーボードの上にあり、隣にはクレジットが
写真=iStock.com/Yulcha
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政治家はネコとゴキブリでいい

現在、間接代議民主主義で政治家が担っている役割は主に二つある。

(1)政策的な指針を決定し行政機構を使って実行する「調整者・実行者としての政治家」
(2)政治・立法の顔になって熱狂や非難を引き受け世論のガス抜きをする「アイドル・マスコット・サンドバッグとしての政治家」

私は「調整者・実行者としての政治家」は、ソフトウェアやアルゴリズムに置き換えられ自動化されていくと思っている。

そして「アイドル・マスコット・サンドバッグとしての政治家」はネコやゴキブリ、VTuber(Virtual YouTuber)やバーチャル・インフルエンサーのような仮想人に置き換えられていくと読んでいる。

ネコによる置き換えは「キャラ」問題に関係している。現在の複雑すぎる社会では、政治家が経済や医療や軍事などあらゆる課題を理解して適切な判断を下すという建前には無理がある。

みんな薄々気づいているが、それを言っちゃおしまいなので、人間たちが大問題についてそれっぽいことをまくしたてるテレビの政治討論を倦怠けんたい感とともに眺めている。

本音では、しかし、政治家が果たすべき最大の役割は無数の課題に対する合理的判断ではなく、「いい感じのキャラ」を提供することだとわかっている。人としての器が大きい感じ、マンガ・アニメキャラのコスプレでもして一笑いさせてくれる感じ、単にイケメン・カワイイ・イケボ、そしていつまででも噂や悪口を言いたくなる飽きさせない見出し力といったものだ。

人間である理由は無くなる

だが、噛めば噛むほど味が出るキャラが必要なだけなのであれば、なぜ人間でなければならないのだろう?

たとえばネコ。ネコに被選挙権を与えたとして、ネコにキャラで勝てる人間政治家は何人いるだろうか? アイドルとしての政治家を代替できるのはネコで、スケープゴートとして袋叩きにする政治家を代替する存在は別に作り出せばいい。

ゴキブリなどを使うのがいいかもしれない。そう、ゴキブリだ。

私たちの社会はだんだん「人間を属性で区別するな」という社会になっている。男女で区別するな、年齢で区別するな、人類皆同じと考えようという方向にだんだん向かっている。

この流れが今後も続くと、人間とそれ以外の動物や生命も区別するなという方向にいくと予想できる。ある種のベジタリアンやビーガンの友人たちと話すと、解体される鶏や〆られるサバが感じる痛みへの共感を切々と語ってくれることがある。あの感じだ。