投機目的のために人民元取引が使われ始めている

このように、05年に中国政府が発表した人民元改革の下に人民元の為替相場をより弾力的に変動させようという状況に鑑みると、為替相場リスクをヘッジする手段を自由に利用することができるように、経常勘定取引のみならず、資本勘定取引においても人民元の国際化を進展させることが必要となる。このような必要性から「人民元の国際化」が話題に上っているものの、実際には「人民元の国際化」は試験的に09年7月に始まったばかりである。それは、中国との近隣諸国(ASEAN加盟国や香港・マカオなど)との国境貿易の人民元決済を上海などの限定された都市で行うことができるようにした。そして、10年にはこの国境貿易の人民元決済をいくつかの省や他の国に拡大した。

一方、中国政府は、08年9月のリーマンショック以降、次々と外国と相互の通貨建ての通貨スワップ協定を締結してきた。08年12月には、中国人民銀行が韓国銀行との間で人民元・韓国ウォン建ての通貨スワップ協定を締結した。そのとき、日本銀行も韓国銀行との間で日本円・韓国ウォン建ての通貨スワップ協定を締結している。最近では、3月に中国人民銀行とオーストラリア準備銀行との間で両国通貨建ての通貨スワップ協定が締結された。このように、通貨協力においても人民元を前面に押し出している。

しかしながら、通貨危機に際して人民元が国際流動性として有用となる状況は限られている。むしろ国際流動性としてのドルが不足するのが通貨危機である。そのドル不足を解消するためには、通貨スワップ協定に基づいて交換した人民元を国際金融市場でドルに交換する必要がある。それを妨げているのが、人民元の資本勘定取引の非交換性である。

先日、中国・長春で開催された一橋大学・吉林大学共同シンポジウムで、Li Jing教授(元中国社会科学院世界政治経済研究所研究員、現在、首都経済貿易大学教授)は、香港オフショア市場の人民元/ドル相場が11年9月より下落したことに伴い、国境貿易の人民元決済額が11年第2四半期の5970億元から、同年第3四半期において初めて前期より減少し、5830億元となったことから、人民元国際化の実験は挫折したと評価している。その原因として、欧州債務危機の影響を受けてドルの流動性に対する需要が増加し、香港オフショア市場で人民元が減価したことをきっかけに人民元に対する投機的需要が減退したことを挙げている。そして、一部の中国企業が国境貿易の人民元決済を「偽装した短期資本移動」であり、貿易決済のための人民元取引は限定的であるとみなしている。

このように、投機対象として国境貿易の人民元決済が利用されると、人民元の資本勘定取引の交換性を許そうとしない中国政府もその取り扱いに慎重になる可能性もある。さらには、このような投機的需要から利用される場合には、人民元の動向の予想に依存し、大きく増減するボラタイルなものとなるであろう。

中国政府は国境貿易の決済や通貨協力において人民元の国際化を進めているものの、資本勘定取引における人民元の交換性に対しては自由化・国際化の動きが見えない。他方において、投機目的のために人民元取引が使われ始めていることも事実である。このような状況に鑑みると、中国政府は、入国審査だけではなく、通貨政策においても、「ニコニコ顔」のボタンを押されるよう、資本勘定取引における人民元の交換性に向けて動き出す必要がある。

(図版作成=平良 徹 写真=PANA)