日本は米欧の顔色を窺ってばかり
ここで同席した沈覚人対外経済貿易部副部長が李鵬に二言ほどささやいた。沈は前日、日中経協ミッションとの会議で「日本は欧米より借款問題で厳しい」と苦言を呈した幹部である。
李鵬は助言を受け、「まず日本から調査団を派遣して話し合うとかすれば、円借(款)の実行面においてさほど大きな影響を与えずに済むだろうと思う」と述べ、円借款の一部プロジェクトを公表せずに開始したらどうかと提案した。その上で、「西独の新聞にのっていた」話として、西ドイツは上海の地下鉄プロジェクトに対する借款を再開し、政府の認可も得ていると明かした。
李鵬は西ドイツに対して「(公表しないとの)義務」を負っているため、新聞に載っている情報としてしか紹介できないという、手の込んだ説明を行った。そして笑いながら「いろいろと弾力的な方法があり、それらを試してみるのがよいのではないかと思う」と述べた。
さらに李鵬は続けた。
「私は、この間、日本は経済力が強いので、米国の言いなりになったり、意見を聞かなくてもいいだろうという趣旨のことを言ったが、少々後悔している。日本には日本自身の困難や事情があるのだと思っている」
これは嫌味であり皮肉でもある。
李鵬は少し前まで、米国の言いなりで、米国に追随するしかない対中政策に不満だったが、この発言を「少々後悔している」と述べた。今や米中関係も好転しつつあり、米欧諸国は対中援助でも日本を追い越しつつある。米欧諸国は実際には水面下で中国側と交渉しているにもかかわらず、日本は米欧の顔色を窺わざるを得ず、対中円借款再開に躊躇している。それが「日本自身の困難や事情」であり、李鵬の口ぶりからは「お人好し」の日本を馬鹿にしているようにも聞こえる。
日本の財界人は円借款の実施に意欲的だった
李鵬は、河合良一から、キッシンジャーとニクソンの訪中の様子を尋ねられ、「二人と会談して米中関係を本来の姿に戻すべく、困難を克服し、絶えず改善・発展させていくべきだとの印象を持った」と好意的に振り返った。
これを聞いた日本経済界首脳は、日本に先行する米欧の対中アプローチに衝撃を受けたことは間違いない。
その衝撃は、副団長を務める平岩外四の李鵬に対する発言に表れた。
「私は中国民航(機)で中国に来たが、欧米の人々が多く乗っていた。仕事をしに来たのだろうと思う。〔中略〕第3次円借(款)の円滑な実施のために日本政府に対し側面からお願いすることだと思う。実情を話して説得することが重要だと思う」
続いて同じく副団長の小林庄一郎もこう述べた。
「私は第3次円借を是非進めて欲しいと考えている。F/S(事業化可能性を調査するフィジビリティ・スタディ)を水面下でという気持ちはあり、我々から政官界にお願いするよう努力したい。また、中国政府から日本政府に強く言ってもらいたい」
小林は、自身が率いる関西電力では「原油の4分の1は、大慶(黒竜江省)原油を使っているが、動乱(天安門事件)後も影響はなかった」と謝意を述べた。