日本政府と財界の分裂が露呈
「中国政府から日本政府に強く言ってもらいたい」という小林の発言は、日本政府と財界の分裂を露呈させた。早期の円借款再開を望んでいた日本大使館としても、対米欧関係で日本政府や外務省が慎重に進める中、李鵬に乗せられる形で財界が、中国側から日本政府に圧力をかけてほしいというような発言はまずいと感じたのだろう。同席した日本大使館公使の久保田は、斎藤と河合に対してこう注意喚起した。
「中国側は、李鵬自身極めて日本の立場を考えた物の言い方をしているのであり、中国側の指導部で事務方は完全に意思疎通が出来ているとみられるところ、日本財界側から、けしかけるような発言は適当でないので慎重にお願いしたい」
日中経済協会側は「以後各団員とも気をつけるようにしたい」と反省の意を示した(橋本大使発外相宛公電「日中経協訪中ミッション[李鵬総理との会見 個別会談]」1989年11月13日)。
外務省と財界の分裂。李鵬は日本内部の分裂に付け込み、「米欧カード」を使って日本の財界を揺さぶり、焦る財界から日本政府に圧力を掛けてもらおうという対日工作を展開した。日本側はこれにまんまと引っ掛かった。
斎藤英四郎経団連会長と河合良一日中経済協会会長は帰国直後の11月15日、中山太郎外相を訪問し、訪中報告を行った。訪中時に会談した鄧小平や江沢民、李鵬から、海部俊樹首相や中山外相に「宜しく伝言願いたい旨を頼まれたこともあり、報告に来た」と述べた。共産党の対日接待工作に取り込まれたことが分かる。斎藤は中山に対して冒頭こう述べた。
「今回の中国側要人の対応は、従来と異なり、一部マスコミで報道された如き日本非難の調子、高圧的態度等全く見られなかった。また、李鵬、江沢民との会見は日曜日に、鄧小平との会見は代表団帰国当日の午前にわざわざアレンジされた。今回中国側は、現在(インフレ、外貨不足等国内経済の悪化及びサミット後の国際社会での孤立等)苦境に陥っている自国に対し、最も頼れる隣国である日本に手を差しのべてもらいたいとのシグナルを示したものと自分(斎藤)は理解している」
経団連会長は「将来は百倍得るものがある」と熱弁
その上で、斎藤は中山に対し、中国に対する第3次円借款再開に向け「日本は米国を説得するくらいのイニシアティブをとるべき」と提言した上で、さらに強い調子で続けた。
「中国も今回はお願いするとの低姿勢で日本の援助再開を要望しており、今が関係改善のアクションを起す絶好の機会と考える。大臣の勇断をお願いしたい。今動けば将来十倍、百倍の得るものがあろう。しかし、逆の場合には今後の関係修復には数年を要し、先人たちが苦労してこれまでにした日中関係は崩れてしまう。米国に追随したのでは、中国はもちろんアジア諸国からも評価されないだろう」
中山は、財界からの熱い要望に対して「話は承った。我々も種々検討している」とだけ応じた(「斎藤英四郎経団連会長他の中山大臣来訪」1989年11月15日)。
(敬称略、肩書は当時)