受信料制度見直しの背景は「政治」

ストリーミングサービスの台頭、若者離れももちろんあるが、受信料制度見直しの一番の背景には政治がある。

ドリス氏がリンクを貼り付けた英大衆紙デーリー・メールは「国営放送の時代は終わった」とセンセーショナルに報じていた。同紙はこれから2年間、受信料が据え置かれた場合、インフレ率5.1%(1月時点)を勘案すると、BBCは今後6年間で20億ポンド以上を節約しなければならなくなると予測していた。

政府との間でBBCの業務を取り決める現在の王室認可(ロイヤル・チャーター)の期限は27年12月31日まで。その時点で保守党政権が続いていれば受信料は新しい資金調達モデルに取って代わられているだろう。

ドリス氏は翌17日、下院で「受信料を今後2年間は凍結し、その後の4年間はインフレ率に合わせて上昇させる。BBCは180ポンド以上に値上げすることを望んでいたが、現在の159ポンドに固定される。これで年金生活者のポケットに入るお金が増える。家計のやりくりに苦労している家庭のポケットにお金が入る」と表明した。

ドリス氏は「世界的に生活費は高騰している。受信料を値上げすれば執行人が取り立てに来たり、刑事訴追を受けたりする脅威にさらされる。受信料値上げを認めることで懸命に働く家計に余計な圧力をかけることは正当化できない。BBCがコストをカバーするために国中の世帯のポケットにさらに手を伸ばすべきだとは思わない」とその理由を説明した。

歴史的なインフレで高齢者世帯の家計を圧迫

コロナ危機と復興による需給逼迫ひっぱく、米欧と中露の対立激化、サプライチェーンの寸断、ウクライナ戦争が悪化させたエネルギー危機、肥料、飼料、食料品価格の高騰で、英国家統計局(ONS)によると、インフレ率は1月5.5%、2月6.2%、3月7%から4月には1982年の8.6%を上回る9%にハネ上がった。1975年のインフレ率24.2%の悪夢を思い起こさせる。

今回のウクライナ戦争は70年代の石油ショックより悪いインフレをもたらすかもしれない。英エネルギー規制機関オフジェムはエネルギー価格の上限を4月に1277ポンドから1971ポンドに引き上げたばかりだが、10月にはさらに2800ポンドに引き上げる方針だ。

英シンクタンク、財政研究所(IFS)の試算によると、家計の中からガスや電気に費やす割合が多いボトム10%の低所得世帯のインフレ率は実に10.9%に達する。

これに受信料値上げが加わると、ドリス氏が言うように、支払えなくなった低所得者や高齢者世帯の玄関ドアをBBCの執行人が叩いて回る事態が現実になるだろう。各世帯にとって事実上の“増税”となる受信料値上げはジョンソン政権の支持率を確実に押し下げる。このため、受信料値上げは避けなければならないという当面の政治的な理由があった。