企業の内部留保は過去最高を更新し続けている
財務省が6月1日に発表した2022年1~3月の法人企業統計調査によると、従業員給与は前年同期比4.7%増加した。新型コロナの影響で1年前の1~3月は3.6%減少していた反動もあるが、比較的高い伸びになっている。従業員数が3.5%増えていることも人件費が伸びた要因だ。だが、実質的なひとり当たり賃金の伸びは、物価上昇に追いついていないのが実情だ。
一方で、企業の「利益剰余金」いわゆる「内部留保」は499兆円と新型コロナの中でも過去最高を更新し続けている。
岸田文雄首相が就任当初は「分配」にこだわった背景は、企業に利益が「溜め込まれる」構造への疑問があったはずだが、具体策として金融所得課税の強化など「個人間の格差是正」に言及したことから、資本市場関係者の不興を買い、「岸田ショック」と呼ばれる株価下落に直結した。結果、岸田首相はロンドンでの演説で、「Invest in Kishida! (岸田に投資を)」と、あたかも市場に媚を売るかのような発言をするところまで追い込まれた。
止まらない内部留保の増加は、安倍内閣で法人税率を大きく引き下げた効果が大きい。法人税率の引き下げを表明したのと同じタイミングで、企業のコーポレートガバナンスの強化を打ち出したが、ガバナンス強化に反対だった経団連などを説得するために法人税率引き下げという「実利」を与えたとも言える。
ガバナンスを強化すれば、「分配」を求める株主からの圧力が高まると考えたわけだ。結果、株主への分配は着実に高まった。株主というと、特定の富裕層への分配だけが増えたように批判されるが、国民の年金資産の多くは株式で運用されており、配当の増加は着実に年金資産の増加につながった。
労働生産性が上昇しなければ、賃上げはされない
一方で、期待された「人への分配」は思うように進まなかった。ここへ来て、岸田首相は「新しい資本主義」の柱として、「人への投資」を前面に打ち出している。企業に対して、賃金を引き上げよと言っているわけで、安倍内閣の「経済好循環」と変わらない。
問題は、企業に財布の紐を緩めよと言っても、お付き合いで若干の賃上げは行っても、本格的な賃金上昇にはつながらないことだ。従業員ひとりひとりがどれぐらい利益を稼ぐか、つまり労働生産性(ひとり当たり付加価値額)が増えなければ、企業は本格的な賃上げには動かない。ところが、年度別の法人企業統計によると、2012年度を底に2017年度まで上昇を続けた労働生産性は、2018年度以降は再び減少傾向にある。従業員が生み出す付加価値が増えなければ企業は給与を本格的には増やせないのだ。また、猛烈な人手不足にもかかわらず労働市場改革が行われていないことで労働移動を疎外し、高付加価値が期待される産業に人材がシフトしない問題も放置されている。
円安によって、仮に一部が「見た目の利益」だったとしても「最高益」が続くことになれば、企業経営者のマインドは大きく変わり、大幅な賃上げに動くきっかけになるかもしれない。そうした企業経営者に賃上げを促すための強力な政策は何なのか。7月の参院選後以降に本格化する岸田内閣の経済政策に期待したい。