第2次大戦中のヨーロッパ戦線。アメリカ軍はドイツ軍の対空砲火から爆撃機を守るため、装甲の強化を検討していた。軍は「損傷部分の多い箇所の装甲を厚くすべき」という仮説を立てたが、統計学者は「弾痕のない部分の装甲を厚くすべき」と主張した。なぜだったのか――。(第1回)

※本稿は、本丸諒『グラフとクイズで見えなかった世界が見えてくる すごい統計学』(飛鳥新社)の一部を再編集したものです。

「見えない」風を「見えるように」した北斎

ここでは「見えないデータ」について押さえておきましょう。

葛飾北斎(1760~1849)といえば、『富嶽三十六景』『北斎漫画』などで知られる江戸後期の天才浮世絵師です。最近の調査によると(人口移動調査)、現代の日本人の引っ越し回数は平均3回程度のようですが、北斎は数え90歳で亡くなるまでに93回の引っ越しをしたといいます。

そんな北斎は、人の目には決して見えないものを描き、西洋の画家たちを驚愕させました。それは「風の動き」です。人間の目には、風は決して見ることができません。けれども旅人の笠が強風で飛ばされ、紙が舞い、波濤が砕け散る姿を通して、北斎は見えないはずの「風」をみごとに描き切りました。

もちろん、私たちは「風」の存在を知っています。顔や身体に吹き付けるからで、いまもこの風力を利用して風車を回して電気を起こしたり、ヨットを自分の行きたい方向へ進めたりしているのです。

「見えないデータ」に着目した天才科学者

風と同様、この世界には「見える情報」と「見えない情報」が混在しています。そして私たちは「見える情報」だけを追う傾向がありますが、「見えない情報」のなかにこそ、「真実がある」ことだって、あるのです。見える情報しか見ようとせず、見えない情報を見落としていると、どうなるでしょうか。

しかも、それが、戦争のような緊急事態の最中であれば……?

第2次大戦中のヨーロッパ戦線。アメリカ軍はある対応に迫られていました。それは、ドイツ軍による地対空の機銃掃射からどのようにして爆撃機を守るか、ということです。

戦場から無事に生還したアメリカ軍爆撃機の弾痕分布(部位ごと)をまとめた図表2を見てください。この表を見ると、「胴体部分」への被弾がいちばん多そうに見えます。

この被弾マップを見ると、主翼の両端(A)、機体の中央部(B)などに損傷が集中しているように見えます。

軍は被弾対策として、「損傷部分の多い箇所の装甲を厚くする」という方針を立てたのですが、あまり機体を重くはしたくない。そこで、何ミリほど装甲を厚くすれば機銃掃射にギリギリ対応できるのか、それを統計学研究グループSRG(Statistical Reserch Group)の鬼才・エイブラハム・ウォールドに相談し、その知恵を借りようとしたのです。

さて、ここでクイズです。

天才ウォールドは、戦闘機の「どこ」を補強すればよいと答えたでしょうか?

少し考えてみてください。ウォールドの答え。それは彼らの予想を裏切る(超える?)ものでした。