もし、東京大学の入学式に来賓として招待され、祝辞を求められたら……。麻酔科医の筒井冨美さんは「東大に合格者すると『頭がいい』などとチヤホヤされますが、経済的にも学習環境的も恵まれていただけかもしれません。頂上を目指すだけでなく、地方や非正規や非大卒など裾野で頑張る日本人にも目を向けてほしい」という――。
2018年5月10日、東京大学・赤門
写真=iStock.com/ranmaru_
※写真はイメージです

東大入学式の祝辞でネット炎上

2022年4月12日、東京大学の入学式における祝辞が波紋を呼んでいる。

映画監督の河瀨直美氏が「ロシアを悪者にすることは簡単」「悪を存在させることで安心していないだろうか」「一方的な側からの意見に左右されて、本質を見誤っていないだろうか」とロシア擁護と解釈されかねないスピーチがあり、批判が相次いだ。

この発言を受けて、SNSではさまざまな反応があった。

「ロシア軍がウクライナの一般市民を殺戮している一方で、ウクライナ軍は自国の国土で侵略軍を撃退している(中略)この違いを見分けられない人は、人間としての重要な感性の何かが欠けているか、ウクライナ戦争について無知か」(慶應義塾大学・細谷雄一教授

「侵略戦争を悪と言えない大学なんて必要ないでしょう」(東京大学・池内恵教授

大学の存在意義への疑問を呈するほど痛烈なものだった。

2019年入学式では、上野千鶴子氏のスピーチで炎上も

東大入学式の祝辞といえば、2019年にフェミニストで東大名誉教授の上野千鶴子氏が行ったスピーチも、ニュースに取り上げられるなどパンチがあった。

「東京医科大学の入試女性差別」や、「男子東大生の私大女子学生への集団暴行事件」など大学関連の女性差別事件を列挙し、「東大生の女性比率は2割以下」「合コンでは男子学生はもてるが女子学生は退かれる」「東大には東大女子が入れず、他大学の女子のみに参加を認める男子サークルがある」などと例示し、「大学に入る時点ですでに隠れた性差別がある」と指摘した。

SNSでは「これを聞いて入学する女性はすごく勇気付けられると思う」という歓迎コメントがある一方、「祝辞で言う内容なのか?」「伝えたいなら自分で講演会主催しろよ」など否定的な声も目立った。

上野氏の指摘するように、東大生の女性率は低い。2021年データで20.7%である。東大は2011年に「2020年までに女性率30%」という目標を掲げ、女性限定の奨学金や家賃補助、女子中高生向け説明会などを行っているが、今なお達成されていない。

しかしながら筆者の体感では、東大の女性率の低さの最大の因子は「東大に残る女性差別」というより「高学力女子高生の医学部集中」ではないだろうか。

「東大か医学部か」、トップ層高校生ならば一度は悩むものだが、近年は「男は東大/女は医学部」傾向が高い。将来の妊娠・出産を希望する女子学生と保護者は、近年、官僚や大企業総合職のような激務が前提の日本型エリートコースよりも、堅実なライセンス職であり、時短勤務やフリーランスも可能で、出産育児と両立しやすくステータスのある医師を選択することが多い。

2018年に、医大入試での女性受験者などへの減点操作騒動が起きた。その入試改革を経て医大合格者の女性率は増加傾向にある。2021年には過去最高の41.1%に至った。また、2022年の東大理科三類の合格者トップは、開成や灘といった名門男子校ではなく、桜蔭高校(東京都内の私立女子高)の13人だった。女子高首位は史上初だが、「桜蔭生が頑張った」というより、近年のIT産業の発展や国際化を受けて、男子トップ層が理工系や海外大に流出している影響だろう。

河瀨も上野氏も、東大祝辞という大舞台だからこそ、自身の問題意識や思いのたけを世間にアピールできるチャンスと思ったのだろうが、入学式の主役は新入生であり来賓ではないのだ。