静かで自由な大学生活

生まれて初めて実家を出て一人暮らしを始めた佐田さんは、まず、家の中が静かなことにとても驚いた。生まれたときからずっと兄の大声や奇声を聞き続け、兄のために幼児番組が大音量で再生され続けていた環境で育った佐田さんは、「日常生活ってこんなにも(音量として)静かに過ごせるんだ」と感嘆したという。

さらに、時間を気にせず外出できることも新鮮だった。実家では、夕方には養護学校から兄が帰ってくるため、佐田さんは、家族での夜の外食や外出の経験がほとんどない。兄の都合に縛られることなくスケジュールを組めることに、純粋に感動した。

カウンターに置かれたマグカップに入ったカフェオレ
写真=iStock.com/Sanil Chaudhary
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「今となっては、大学進学を機に、家を出られたことは良かったと思っていますが、当初は、兄のことがあったから家を出たわけではありませんでした。私自身、卒業後には実家に帰るものだと思っていましたし、両親も『戻ってくるよね?』と言っていました」

ところが、教育系の大学に進学した佐田さんは、徐々に両親に対して不信感を持ち始める。講義や大学生活の中で、自分の生い立ちや家庭について振り返る機会が多くあることや、年齢的にも結婚や子育てに目が行き始める時期だったことも要因のひとつだった。

「大学を卒業する年の22歳ごろ、結婚や子育てを身近に感じ始めたことがきっかけで、『両親は兄の障害を踏まえて、妹の私を産んでいる』と認識し、『自分が両親の立場だったら、果たして2人目を産んでいるだろうか』と考え始めました。さらに同じ頃、とあるきょうだい児の方が、『同胞の存在を理由に婚約破棄に至った』という情報をネット上で知り、きょうだい児が抱えるハンディキャップを両親はどのように捉えているのかが気になって仕方がなくなっていきました」

その年、実家に帰りたくない佐田さんと、帰ってきてほしい両親とのあいだでもめたが、結局佐田さんは関東で就職し、実家には戻らなかった。