<これ以上戦っても互いに得るものはないと当事国が気づいたというのに、バイデン政権は戦争犯罪の認定や「体制転換」などの夢を見るばかりで、停戦を仲介する資格さえ失った:ウィリアム・アーキン>
ワシントンD.C.にあるアメリカ合衆国大統領官邸(ホワイトハウス)
写真=iStock.com/bbourdages
ワシントンD.C.にあるアメリカ合衆国大統領官邸(ホワイトハウス)

ロシア軍のウクライナ侵攻開始から1カ月余り。電撃作戦は頓挫し、ロシア軍は疲弊しきっている。戦況は一進一退というより、物量ではるかに勝るロシア軍がウクライナ側の反転攻勢にじわじわと押し返されるありさまで、大量投入されたロシア部隊の人的・物的損害は拡大の一途をたどっている。

この状況では、ロシア政府も早急に停戦協議をまとめて消耗戦を終わらせようというウクライナの提案をまともに検討せざるを得ない。その証拠にロシアはウクライナの首都キーウ(キエフ)近郊に集結していた部隊の一部を撤退させると発表した。

「ウクライナ戦争はもう終わりだ」と、米国防総省情報局(DIA)の匿名の高官は本誌に語った。

だがアントニー・ブリンケン米国務長官の見方は異なる。3月29日にモロッコで行われた記者会見で、ブリンケンは「ロシアは言うこととやることが必ずしも一致しない。われわれが注目するのは後者のほうだ」と述べた。

ブリンケンは交渉の進展を認めず、ロシアに対し「今すぐ侵攻をやめ、戦闘を停止し、部隊を撤収させろ」と呼びかけるばかりだった。

交渉は確実に進展

バイデン政権はそもそもの初めから停戦協議にはさほど関心を見せず、もっぱらロシアに厳しい制裁措置を科し、さらにはロシア軍の戦争犯罪を認定することに力を入れているようだった。ジョー・バイデン米大統領はロシアのウラジーミル・プーチン大統領への怒りを噴出させ、ポーランドで行なった演説で、とっさに出た言葉とはいえ、ロシアの体制転換を示唆するような発言までした(これにはNATO加盟国も不快感を示し、ホワイトハウスが火消しに追われ、バイデン自身も釈明することになったのだが)。

専門家によれば、米政府はもはや停戦を仲介できる立場にない。米政府は裏ルートでロシアに働きかけることもできたはずだし、ウクライナに戦術的な情報だけでなく、プーチンの思考回路を読み解くための情報を提供することもできたはずだが、そのいずれも怠った。

ウクライナはアメリカの支援なしにロシアとの交渉を進めている。両国の交渉団は29日、トルコのイスタンブールで3時間余りにわたって対面で話し合い、停戦に向けて、それぞれが受け入れ可能な条件を提示した。注目すべきは、ウクライナがロシアの安全保障上の懸念をなくすため、NATOへの早期加盟を断念することもあり得ると述べたことだ。

「ウクライナは、(NATOの集団防衛を定めた)北大西洋条約第5条のような形で(同盟国から)安全を保障されることを条件に、中立の立場を固め、外国の軍隊の駐留を拒否することに同意した」と、ウクライナ代表団のメンバー、アレクサンドル・チャルイは語った。

他国から攻撃されたら同盟国が守ってくれると「法的拘束力がある形で、明確に保証されるなら」、ウクライナは安心して「核を持たない非同盟の永世中立国」になれる、というのだ。