サイバー空間で戦う「名無し」のオタクたち

事情に詳しい知人(中国人)によると、おそらく「浪人」の大部分は20代の中国人男性で、多くが中国国内に住んでおり、ネット規制を回避できるVPNを用いてRedditやツイッターに接続している模様である。

近年、中国ではリアルとオンラインとを問わず反体制的な言論に対する規制が強化され、たとえば胡錦濤時代(2003年~2013年)のようなデモ・集会を伴う体制抗議運動や、IPアドレスを隠さない一般人によるネット上での体制批判議論などはほとんどおこなわれなくなった。

代わりに増えたのが、VPNで海外サイトに接続する反体制的なオタク層が、匿名性を確保した「名無し」の集団となってサイバー空間で戦うパターンだ。彼らは従来の中国民主化勢力とはほとんど接点がなく、TelegramやSignal、Discord(いずれも機密性が高いとされるコミュニケーションソフト)、Redditなどを駆使し、悪ふざけ的な雰囲気も漂わせつつ反体制的な行動をおこなう。

共通の目的は、中国共産党にダメージをあたえること

中華圏のオタクのサイバー反共活動は、今回の「大翻訳運動」だけではない。たとえば、習近平をはじめとした党高官の個人情報の暴露をおこなっている「悪俗圏」や、さらに2019年の香港デモの舞台裏で香港警察の個人情報暴露を続けていた過激派グループ「老豆搵仔」などとも、全体的にかなり近いノリを感じる(悪俗圏については、私が過去に「文春オンライン」に執筆した記事を参照いただきたい)。

「悪俗圏」メンバーがネット上に暴露した習近平の身分証番号や個人情報とされるデータ。

個人情報の公開は違法行為だが、中国のネット上の言説を外国語に翻訳して晒す行為は合法だという違いはある。また、当事者たちの話では、どうやら大翻訳運動と、悪俗圏や老豆搵仔のメンバー同士に直接的な関係は薄いらしい。だが、彼らに共通するのは、インターネットを使って中国の体制に不都合な情報を外部に暴露し、中国共産党にダメージをあたえるというサイバーゲリラ的な手法だ。

中国国内でごく当然のように流布されている差別的な言説やショービニズム的な言説は、それを外国語に翻訳して国際社会のスタンダードな社会通念の前に引っ張り出すだけで、中国国家の対外的イメージに強烈な圧迫を加えることができる。

もっとも、大翻訳運動の一件からは、閉鎖的な言論空間で横行する「頭の悪い言説」が、国益を毀損きそんする潜在的なリスク要因になるという教訓も読み取れる。たとえば、ロシアや中国が日本のヤフコメやツイッターの差別言説を戦略的に抽出・翻訳し、「日本ではネオナチ勢力が台頭している」といったディスインフォメーションに活用する危険性も、やはりあり得るのではないか。

さまざまな意味で、今回の騒動は日本にとっても無視できない意味を持ちそうである。

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