中国国内の過激言説を拡散させる「大翻訳運動」

今回、この翻訳を仕掛けたのは「浪人」と呼ばれる反体制的なオタク系中国人たちのグループだ。彼らに明確なリーダーはおらず、組織化もされていないため、イメージとしては「5ちゃんねらー」や「アノニマス」などと近いが、指す範囲はもう少し狭い。日本でいえば「なんJ民」や「嫌儲民」(いずれも5ちゃんねらー内部のグループ)くらいの肌感覚の人たちだ。

「浪人」の一部は、上記の「ウクライナ美女」の事件を契機に、中国国内のネット上にあふれている過剰な愛国主義的・排外主義的な言説や、ロシアの軍事行動を支持する言説を積極的に英語や日本語に翻訳して暴露するようになった。現在はツイッターで「#大翻译运动」や「#TheGreatTranslationMovement」「#偉大な翻訳運動」などのハッシュタグを使用し、世界に向けて晒しあげ行為を続けている。

大翻訳運動が3月22日に暴露した中国国内の対日ヘイトスピーチの一例。翻訳のレベルは高くない。
大翻訳運動が3月22日に暴露した中国国内の対日ヘイトスピーチの一例。翻訳のレベルは高くない。

ひとまず、私の今回の記事では「大翻訳運動」と呼んでおこう。翻訳のターゲットは中国のSNSである微博のほか、質問サイト知乎の投稿、bilibili(ニコニコ動画に似た動画サイト)の弾幕、TikTok(中国国内での名称は「抖音」)の動画など多岐に及んでいる。

中国共産党はネットの「祭り」に本気で激怒している

今回、私は大翻訳運動の公式ツイッターの運営者に接触し、匿名を条件に話を聞いた。こちらによると、運動の目的は「党の対外プロパガンダが覆い隠している中国のリアルな姿を海外の自由世界に向けて公開し、中国版のファシスト勢力の台頭を阻止する」ことだ。

立ち上がった動機は近年の中国の体制に対する不満と、ロシアによる「侵略戦争を支持する言説」や「愚かしいヘイト言説」の粉砕にあるという。翻訳の元ネタに選ぶのは、中国国内のネット上の反民主主義的・好戦的・排外主義的な言説のなかでも、多くの「いいね」を集めてバズっている投稿だ。

大翻訳運動の参加人数は、公称では「数百人から1000人」。英語のほかに日本語、韓国語、ドイツ語、フランス語、アラビア語で情報発信をおこなっている。そのうち日本語の翻訳担当者は「5人から10人」程度とされる。

もっとも、彼らの日本語翻訳のクオリティはあまり高くない(これは「#偉大な翻訳運動」という、日本人には違和感のあるハッシュタグからも明らかだ)。さらに英語の発信も含めて、翻訳の対象とする原文の選定方法についても、個人的にはそれほど秀逸なセンスは感じない。

リーダーが存在しない自発的活動であることから、翻訳のチェック体制は甘く、デマや扇動的すぎる情報を不用意に流しがちな構造的欠陥を抱えているようにも思える。良くも悪くもネット民の「祭り」を発端として生まれた動きなのだ。

ところが、中国当局はこの活動に本気で激怒している。なんと3月に入ってから、党中央機関紙『人民日報』系列の最大手紙『環球時報』が、批判記事を2回も掲載しているのだ。