限られた時間で「ノルマ」のようにコンテンツを消費する

若者たちは学業や仕事に打ち込むかたわら、YouTubeやTikTokやInstagramに毎日大量にアップされるお気に入りのインフルエンサーによる新着コンテンツの消費を急かされている。それらのコンテンツを楽しんで終わりではなくて、そのコンテンツをもとに友人たちとコミュニケーションを取っている。かれらはもちろんそうしたライフスタイルを楽しんではいるのだが、はたから見ればコンテンツの効率的な消費を「ノルマ化」されているようにも見える。

スマートフォンを使う女子学生
写真=iStock.com/metamorworks
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世の中にすでに存在している娯楽コンテンツの総量はすさまじく、またソーシャルメディアやコンテンツプラットフォームが普及したことによって、だれもが気軽にクリエイターになれる時代となり、毎日の娯楽コンテンツの供給量も加速度的に増大している。すでにひとりの人間の寿命すべてをコンテンツ消費に回してもまったく足りないほどになっていると言っても過言ではない。

与えられた時間のなかで、できるだけたくさんの「楽しい」をコスパよく回収してまわる――効率的に最適化されたこうしたコンテンツ消費スタイルが、いまの若者たちにはごく自然な生活様式として共有されている。

じっくり鑑賞するコンテンツは「効率性」と相性が悪い

現代社会の若者たちのコンテンツ消費に対する見方は、多くの既存の娯楽コンテンツときわめて相性が悪い。演劇や舞台はその最たる例のひとつだろう。

少なく見積もっても、演劇や舞台はおおよそ2時間~3時間は座席に拘束されていなければならない。長編だとそれ以上になる。「効率的」に生きることを求められる若者たちにとって、それはあまりにも長すぎる。かりに3時間もあれば、その間にスマートフォン越しに膨大なコンテンツを消化することができてしまう。

演劇は娯楽コンテンツとしての質が劣っているのではなく、いまの若者たちのコンテンツ消費のスタイルとの相性が「効率性」の観点からあまりにも悪すぎるのである。だからかれらは(若者文化の代表であるアニメやマンガの延長である場合を例外として)劇場にやってこない。ひとつの娯楽について「ゆっくり楽しむ」ことをいとわないライフスタイルを確立した中高年層がもっぱらになる。