過去は一切振り返らなかった

——土光敏夫の口癖のようなものはありましたか?

【中村】土光さんの流儀に「日々、是、新たなり」というものがありました。

例えば、土光さんが会議に参加した場合、その日のうちに議事録を作成して渡さなければならなかった。「仕事はその日のうちに片付けろ。翌日まで延ばすな」。それが土光さんの口癖でした。さらに、仕事には早さが求められました。

また、土光さんのブラジル・メキシコ出張に同行した際、すべての記録はその日のうちにまとめ、翌朝に提出していました。朝4時に起床し、その日の日程を本人と打ち合わせる日々でした。ようやく出張が終わり、成田空港に着いた時、土光さんこういったのです。

「明日から新しい仕事ができるな」

足跡を見ず、過去は振り返らず、前を見て進む。それが土光さんのやり方でした。

このままでは日本はダメになるという危惧

——土光敏夫と言えば、メザシを主食にして「メザシの土光」と呼ばれ、清貧を貫いた経営者としても知られますが、実際はどうだったのですか?

イワシの干物・めざし
写真=iStock.com/sakai000
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【中村】とにかく朝が早い人でした。朝食会が行われるとき、7時ごろには会場にお見えになる。

さらに主要な新聞に目を通して出社されているんです。

すぐに「今朝の新聞のあの記事は理解不足でけしからん。担当者を呼べ」と言うので、私もあらかじめ新聞を読んで情報集めておくほかありませんでした。

そのかわり、夜はいかなる夕食の招待も断っていました。総理であれ、外国の賓客との夕食会であれ、です。おそらくご自宅で勉強をされていたんだと思います。

そういえば、細かいことをまったく気にしない人でしたね。国内の出張中、土光さんの靴下に穴があいていたのを見たことがありました(苦笑)。

豊かさを実感できる国民が減ってしまった

【中村】身近なことに気にしなかった反面、常に日本の未来を危惧されていました。日本の過剰消費社会に対して、「豊かな日本」に浸っていてはダメになると早くから危機感を抱いていました。

いま日本は、世界2位の経済大国から転落したとはいえ、世界の国々に比べれば、まだまだ豊かと言えるでしょう。

しかし日本社会は長きにわたり、閉塞感、停滞感に覆われています。長期のデフレで、豊かさを実感できる国民が減ってしまった。また、医療・年金制度をはじめとする社会保障制度への不安もある。高齢者、現役世代を問わず、生活防衛を迫られています。

さらに深刻なのは、こうした事態への危機感が薄いこと。GDPでは中国に抜かれたが、高機能で洗練された商品があふれ、日常的にきめ細やかなサービスを享受できるから、なかなか危機感を持ちにくいのかもしれません。

——土光さんが危惧した過剰消費社会はいまも続き、若者は活力を失っているように感じます。

【中村】まるで「ゆでガエル」の逸話と同じですね。熱湯に放り込まれたカエルは驚き、飛び出して九死に一生をえますが、徐々にぬるま湯でゆでられると自分の置かれた危機的な状況がわからないまま死んでしまう。これを土光さんは心配していたんです。