キリスト教カトリックの最高指導者・ローマ教皇は、2019年末、38年ぶりに来日した。この立役者が、経団連の副会長・事務総長を経て2016年から駐バチカン大使を務めていた中村芳夫さんだ。外交未経験にもかかわらず、なぜ教皇来日というミッションを実現できたのか――。(前編/全2回)
野外ミサの会場に、オープンカーで入場し、参列した信者らの歓迎に応えるフランシスコ・ローマ教皇(中央)=2019年11月24日、長崎市松山町の長崎県営野球場
写真=時事通信フォト
野外ミサの会場に、オープンカーで入場し、参列した信者らの歓迎に応えるフランシスコ・ローマ教皇(中央)=2019年11月24日、長崎市松山町の長崎県営野球場

バチカン大使として教皇にお目にかかるとは夢にも思わなかった

——バチカン大使日記』(小学館新書)では、民間出身として異例のバチカン大使に抜擢された中村さんの活躍が描かれています。そもそも中村さんにとって、カトリックの総本山であるバチカンとはどのような存在だったのですか?

【中村】現代はGゼロ、つまり国際的なリーダーが不在の時代です。そんななか全世界に約13億人の信徒を持つカトリック教会のトップである教皇フランシスコは、モラルリーダーと呼ばれ、世界的な強い影響力、発信力を持っています。

例えば、教皇が掲げる「核なき世界の実現」あるいは「貧困の撲滅」……。日本が世界に発信すべきメッセージと重なります。その意味でもバチカンは、日本と価値観を共有できる存在――そうしたイメージを持つ国です。

一方で大使として赴任するまでは、バチカンをとても遠く感じていました。1973年に妻との結婚を機に洗礼を受けた私にとって、教皇にお目にかかれる日がくるなんて思ってもいなかったのです。

それに私は、ずっと経団連で働いていたでしょう。まさか民間出身の私が、外交官としてバチカンで仕事をして、教皇にお目にかかる機会をえられるなんて……。夢にも思ってもいないことの連続でした。

「新自由経済は人を殺す」という教皇のメッセージ

——教皇フランシスコはどのような人物なのでしょう。

【中村】南米(アルゼンチン)出身者としては、初めての教皇で、「人を重視する社会」「人を重視する経済」を一貫して目指しています。

私が大使としてバチカンに赴任し、教皇に初めて謁見したとき、3冊の本をいただきました。教皇の著書『使徒的勧告 福音の喜び』『使徒的勧告 愛のよろこび』『回勅 ラウダート・シ ともに暮らす家を大切に』です。

『使徒的勧告 福音の喜び』というタイトルだけを見ると信仰について書かれた本かと感じる人も多いとは思いますが、多くの部分が世界経済の問題点に割かれています。特にショッキングだったのは次の1文です。

〈この経済は人を殺します〉

このままの新自由主義的な経済が続けば、貧富の格差はさらに広がり、人を殺す。

教皇は著書でそう指摘しています。

本の内容からも分かるように、教皇は絶えず立場の弱い人に気を配っている。同時に、聖職者には、教会の外に出て弱い人のために働きなさいというメッセージも出しています。

アメリカのカトリック保守派の中には、教皇をマルキストだと批判しますが、一般の信徒は教皇に絶大な信頼を寄せています。弱い立場に寄り添おうとする教皇のまなざしや姿勢が、たくさんの信徒に慕われる要因でしょう。