日本に親近感を持ってもらうためにやったこと

【中村】私は枢機卿や教皇庁の高官に会うたびに、また大使公邸にまねいて一緒に食事するたびに、バチカンと共通の価値観を持つ日本にぜひいらしてほしいと教皇の訪日についてお願いしました。

当初は日本に関心が薄かった人たちも、徐々に「今晩、教皇に会ったら伝えておくよ」「私から教皇に話してみます」という反応が返ってくるようになった。

私は、枢機卿や高官だけでなく、バチカンを守るスイス衛兵、バチカン警察、医師や看護師、庭師、スーパーの店員……。さまざまな立場の人たちと付き合うようにしました。

教皇庁スイス衛兵隊
教皇庁スイス衛兵隊(写真=Alexreavis/CC-BY-SA-3.0/Wikimedia Commons

赴任当初にスイス衛兵のオフィスにあいさつに行くと隊長が「われわれを表敬訪問した日本大使は、あなたが初めてだ」と歓迎してくれました。

また、私は毎年11月に天皇誕生日のレセプションを開いており、そこに衛兵の隊長も毎回招いていたんです。彼は、「こんなに頻繁に訪ねてくれるのは、あなただけですよ」と話してくれました。

赴任から1年ほどが過ぎると、バチカン内を散歩していたり、大聖堂でミサに参列していたりすると気軽に声をかけてもらえるようになった。

私もカトリック信徒でありながら遠い存在だと感じていたバチカンを身近に感じるようになりました。

同じように彼らも日本に親近感を覚えてくれたのかもしれません。そうしたなかで、教皇訪日の雰囲気が醸成されていくのを実感しました。

「どんな手を使ったのか教えろ」

——バチカン市国の人口は約600人と言いますからね。一人ひとりに顔を覚えてもらうことが重要だったのでしょうね。

【中村】こちらからアクションを起こさないと状況は変わりません。

日本とバチカンの国交樹立75周年記念ミサの司式を担当してくれたのが、バチカンの国務長官(首相)だったんです。

首相は各国が主宰するミサには参列することもありますが、司式を執り行うことは異例です。

驚いた各国の大使から「どんな手を使ったのか教えろ」「なぜ司式者が首相なんだ」と口々に聞かれました。私は「日頃の努力だよ」とだけ答えましたが(笑)。