なぜ維新批判を始めたのか

維新も黙っていない。26日には馬場伸幸共同代表名義の、立憲民主党の泉健太宛ての抗議文が党本部に届けられた。これに対し、菅直人は同日17時58分に

【私の21日のツイッターに関し、維新から立憲の泉代表に抗議文が届けられた。ツイッターは党の指示ではなく私の一存で発した、私の感想を述べたもの。維新からは私には直接何も言ってきていない。私のツイッターに抗議するなら私にするべき。いずれにしても的外れな謝罪要求に応ずるつもりはない。】

さらに27日午後8時11分には

【闘うリベラル派宣言
維新との闘いで、リベラル派は軟弱と見られていると痛感。私は改めて「闘う(たたかう)リベラル」であることを宣言する。私は学生時代からのリベラル派。ゲバ棒を持った対立グループに取り囲まれたが、要求された自己批判は断固拒否した。今回の維新の脅しは私には通用しない。】

菅直人は、なぜ、維新批判を始め、維新と闘う姿勢を明確にしたのだろうか。

昨年10月の総選挙で、菅直人は東京18区で勝ち、14回目の当選を果たした。

12月に支持者へ向けた報告会が開かれ、その場で菅は、次の総選挙には立候補しないことを明らかにした。75歳という後期高齢者になったことが最大の理由だろう。

今期限りとなれば、誰もが「後継者は?」と思う。現在、菅直人の長男・源太郎は政策秘書を務めている。彼はこれまでに2回、岡山の選挙区から立候補して落選しているので、「議員になる気」はありそうだと思われても仕方がない。

普通なら、いよいよ息子に譲ろうとなるが、「世襲」批判をしてきたので、そういうわけにはいかない。

その報告会の場で、源太郎が後継者として東京18区から立候補することもないと、明言した。

政治家が引退を決めて表明するのは、ほとんどの場合、選挙の直前である。当選した直後に、「もう次は出ない」と宣言するのは珍しい。

国会議事堂
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怖いものがなくなった

「今期限り」と決めたことで、菅直人は「怖いもの」がなくなった。政治家にとって最も怖いのは「落選」だ。もう選挙に出ないのだから、落選しようがない。

ふっきれたように、「残り2年か3年かわからないが、完全燃焼しよう」と、そういう気分に満ちていた。

2011年に総理を辞めたときも、そうだった。「何年かたてば、また、菅さんに総理を、となる時がきますよ」という半ば社交辞令的なことを言われても、「もう総理大臣はやりません」と明言していた。

そして、「総理を目指さないと決めたからこそ、『原発ゼロ』を堂々と言える」とも言っていた。この先、総理大臣になれるかもしれない若い政治家は、さまざまなところから圧力がかかると思うと、なかなか言えないものらしい。

それは原発に限らない。本当に若い時はずけずけと言いたいことを言っていた政治家が、ベテランになり、内閣や党の要職に就いて総理大臣の椅子が見えてくると、慎重になる例をいくつも見ている。

だが、菅直人はそういう未来を放棄したので、「原発ゼロ」を堂々と言えた。電力会社の労働組合から支援できないと言われても、臆さなかった。

今回は、もう選挙に出ないと決めたので、さらに自由になったのだ。