警察国家とタッグを組んだ「ビッグ2」

イルファンは、何か重要なことがはじまりつつあると気づいた。それまで、アメリカ、ヨーロッパ、日本、台湾の企業が監視カメラ市場をほぼ独占していた。しかし、これら大手企業の多くはアナログから抜けだすことができず、いまだCCTVカメラを販売していた。IPカメラは単価が非常に高く、大手企業から敬遠されていた。しかし価格をのぞけば、IPカメラには数々の利点があった。Wi-Fiやデータ・ネットワークに接続することで効率的に利用でき、はるかに高品質の映像を処理するのも可能で、録画するためのテープやレーザーディスクも必要なかった。

アメリカやそのほかの地域で技術転換が遅れた理由の一部には、新しいテクノロジーを受け容れるまでに時間がかかるという傾向もあった。アメリカのシスコやスウェーデンのアクシスといった監視カメラ製造業者は、デジタル化への移行に否定的なアメリカのふたつの代理店をとおして製品を販売していた。それらの販売代理店はたんに、初期のデジタル監視カメラを設置するためのノウハウをもっていなかったのだ。欧米の監視カメラ各社は代わりに、コスト削減を狙って製造を中国に委託することに力を入れるようになった。

そこに割って入ったのが、新たな「ビッグ2」となるハイクビジョンと浙江大華技術(ダーファ・テクノロジー)だ。2社はやがて世界の監視カメラ業界のシェアの3分の1を独占し、新たな警察国家の動力として機能するようになった。

「全体をまとめてスカイネットと総称される中国の監視システムは、まさにわたしたちの通信会社のネットワークをとおして機能していました」とイルファンは言い、監視カメラからビデオ映像が公安当局に送信される流れを図に書いて説明した。「民間企業と政府はほぼ一心同体でした。計画の初期段階では、イスラム教の礼拝所におもに狙いが定められました」

上海のビジネス街
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AIアルゴリズムを訓練して市民のデータベースと照合

すぐに、監視カメラの巨大なネットワークができあがった。そのネットワークに最新のカメラを設置するたびにイルファンは、特徴のないコンクリート造りの建物にある制御室に戻った。彼を含むIT労働者たちは、壁に並ぶ大型スクリーンのまえに坐った。7階分のフロアには、サーバー用ハードウェア機器とそれを管理するコンピューター機器が所狭しと並んでいた。それらの機械が、法律違反者、ギャング、そのほかの犯罪容疑者の姿をカメラでとらえる方法を模索していた。

しかし、強盗が起きるのはほんの一瞬であり、犯人は捕まるまえに全速力で逃げてしまった。

「喫緊の課題は、どうやって犯罪者をより速く特定できるかということでした」とイルファンは言った。「ここで利用されるのがUNIXオペレーティング・システムです。こちらもハイクビジョンとダーファが開発したもので、システムのハードウェアを動かして管理してくれます」(UNIXはカスタマイズ性の高いオープンソースOSであり、各企業は独自の目的のために独自のバージョンのUNIXを設計することができる)。

最終的にたどり着いた答えは? 人工知能だ。

2010年から2011年にかけてイルファンと同僚たちがますます注目するようになったのは、AIアルゴリズムを訓練して顔や行動認識の精度を高め、それを市民の全国データベースと照合し、警察による犯人逮捕の後押しをするという流れだった。