試写は何回も行われたものの、制作に関わっていない職員は参加せず、立ち会ったのはディレクターらの直属上司である専任部長だけ。しかも、専任部長は「これ本当に大丈夫?」「大丈夫です」という簡単な口頭確認をしただけで、それ以上の事実確認を求めなかったという。

後に、ディレクターの報告自体が虚偽だったことが判明するが、もともとチェックシステムがザル以下だったと言わざるを得ない。

また、「匿名チェックシート」についても、角英夫・大阪放送局長は「シートを使う事案だと、上司を含めて思い至らなかった」と、組織を上げて再発防止策を運用する意識に欠けていたことを暴露してしまった。

慎重を期すべきテーマを取り上げているのに、どうして再発防止策が絵に描いた餅になってしまったのだろうか。

ともあれ、「五輪反対デモがカネで買われている」という事実とは異なる字幕が、ものの見事に多重に用意されたチェックシステムをスルーして放送されてしまったのである。

NHKの検証能力には疑問あり

④については、NHKがようやく「調査チーム」を立ち上げたが、真相究明には時間がかかりそうだ。

NHK日本放送協会
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取材対象者をどのように選んだのか、どの取材対象者も顔出しなのに当該男性だけなぜモザイクをかけたのか、匿名にもかかわらず番組に起用したのはなぜか、など、まだまだ不明な点が多い。

砂川浩慶・立教大教授は「受信料で運営されている公共放送は疑念を持たれたら、調べて説明する責務がある。検証して結果を番組として放送すべきだ」(1月15日付け読売新聞)と指摘している。

NHKが内輪のメンバーだけで調査して、形式的なお手盛りの報告でお茶を濁すようでは、視聴者の信用を取り戻すことは難しい。

このため、各方面から「NHKの検証能力には疑問がある。BPOのような第三者が調査するべき」という声が聞こえてくる。BPOの元委員の1人は「取材対象の発言の裏付け取材をしていなかったのであれば、重大な放送倫理違反があったことになる」と、BPOで審議することを求めている。

不思議だった河瀬直美総監督の沈黙

⑤の河瀬直美総監督の対応も、理解しにくい。

自らの密着取材の番組で、五輪反対運動を汚す字幕が流れ、公式記録映画の客観性や中立性を疑わせかねない重大事態が起きたにもかかわらず、どうして放送から半月も沈黙したまま、NHKにクレームをつけなかったのか。

「字幕事件」の発覚後、NHKは「すべての責任はNHKにあり、河瀬直美さんに責任はありません」と強調した。