心身ともに健康だった遠方に住む73歳の義母が突然おかしくなった。義父は約30年前に他界していたが、「今、畳の部屋に座ってこっちをじっと見ているよ」「ご飯を食べさせるから、仕送りして」などと言い始める。診断はアルツハイマー型認知症。30代の嫁は、夫が家事・育児にも介護にも非協力的だったため、2歳の子供を抱えながら介護に孤軍奮闘する――。
ホットプレートで焼き肉
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この連載では、「ダブルケア」の事例を紹介していく。「ダブルケア」とは、子育てと介護が同時期に発生する状態をいう。子育てはその両親、介護はその親族が行うのが一般的だが、両方の負担がたった1人に集中していることが少なくない。そのたった1人で背負う生活は、肉体的にも精神的にも過酷だ。しかもそれは、誰にでも起こり得ることである。取材事例を通じて、ダブルケアに備える方法や、乗り越えるヒントを探っていきたい。

今回紹介するのは、結婚4年目で義母を介護することになった現在31歳の女性の事例。彼女は、約1年前、義母(73)の認知機能の低下に伴い、義母宅の近くにアパートを借りて、そこから“通い介護”することになった。夫(34)は、家事・育児だけでなく介護にも非協力的。義妹は遠方に暮らしている。なぜ彼女は、夫や義妹よりも献身的に義母を介護することができたのか。嫁であり、幼い子どもを抱える自分が、近距離に引っ越してまでキーパーソンとなって介護していくことに迷いはなかったのか。

お正月の帰省で発覚した、73歳義母の「異変」

九州生まれ九州育ちの近藤紗代さん(仮名・31歳・既婚)は、医療従事者である父親と保育士として働く母親のもとに生まれた。自宅の敷地内に祖父母宅もあり、2歳下の弟とともに、両親と祖父母に囲まれて成長。21歳で専門学校を卒業すると、介護福祉士として介護施設に就職した。

27歳になった頃、友達から「たまたま休暇で帰省していた」という3歳年上で公務員の男性を紹介される。近藤さんが住む隣の市出身だという男性は、大学進学を機に地元を離れて関東に移住し、そのまま就職していた。

近藤さんと男性は旅行の話で意気投合し、約2カ月おきに男性が帰省したり、近藤さんが関東へ行ったりする遠距離恋愛が始まった。それから2年後、2人は結婚。近藤さんは介護施設の仕事を辞め、関東へ移住。翌年には男の子を出産した。

さらに2年後の2020年1月のこと。結婚後、毎年お正月には家族で夫の九州の実家を訪れていた近藤さんは、当時73歳の義母に違和感を覚えた。

夫の父親は、夫が幼い頃に亡くなっており、夫に父親の記憶は全くないという。義母は明るく社交的で友達も多く、ランチに行ったりカラオケに行ったりとアクティブな人。料理が得意で、近藤さんたちが遊びに来ると、いつもおいしい手料理でもてなしてくれた。

それなのに、その年は外食を提案するか、買ってきたお総菜ばかり。かろうじて「すき焼きにするね」と言ってくれた日があったが、テーブルに用意されたのは、焼肉用のカルビとタレ。パスタを作ってくれた日は、平然と分量オーバー(5人分)のパスタを茹で始めたため、近藤さんは慌てた。

後でこっそりと夫に、「お義母さん、大丈夫かな?」と聞いてみたが、夫は、「もともと天然(ぼけ)だし、いつもあんな感じだよ」と言って意に介さなかった。

この時、近藤さん夫婦は結婚4年目。結婚後はすでに関東に移住しており、近藤さんが義母に会うのは年に数回だけ。そのため、息子である夫にそう言われれば、「そうなのかな」と納得するしかなかった。