「医者になれないなら人を殺して、罪悪感を背負って切腹しようと思った」。1月15日、大学入学共通テスト初日に、高校2年生が受験生ら3人を刺傷し、逮捕された。精神科医の和田秀樹さんは「受験生の中には『絶対、東大』『絶対、医学部』といった、かくあるべし思考に陥って、それができないと『ダメな人間だ』と自分を責める人がいる。実際には他の選択肢もあり、むしろそのほうが社会的地位や収入が高いケースもあることを知ってほしい」という――。
東京大学・赤門
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今、日本には「死にたい」と思っている人が約40万人いる

大学入学共通テストの初日である1月15日に、試験会場・東京大学の前の歩道で高校2年生が受験生を含む3人を突然切り付けて、殺人未遂容疑で逮捕された。

私は精神科医であり、受験指導にも関わる仕事をしているためか、メディアから取材依頼の電話が殺到したが、ほとんど断らせていただいた。なぜなら、この少年が「東大を目指していた。医者になれないなら人を殺して、罪悪感を背負って切腹しようと思った」と供述している、と報じられたからだ。

これが事実なら、「拡大自殺」を考えていたことになる。拡大自殺とは、騒ぎを起こして多数の人間を殺し、死刑になることで自殺しようとする行為である。

自殺報道は大々的にやるほど、かえって自殺が増えることは統計学的にも確認されている。そのためWHO(世界保健機関)はたびたびメディア関係者に自殺報道のガイドラインを出している。厚生労働省もそれを基に「自殺対策を推進するためにメディア関係者に知ってもらいたい基礎知識」をHP上に掲示。その中でやっていけないこととして「自殺の報道記事を目立つように配置しないこと。また報道を過度に繰り返さないこと」「自殺に用いた手段について明確に表現しないこと」などと書かれている。

その厚労省の掲示によれば、以前、ウィーンの地下鉄で自殺が頻発したが、その報道をやめたとたん地下鉄の自殺死亡率が75%低下し、さらにウィーン全体の自殺死亡率が20%低下した、とある。

2021年10月末の京王線ジョーカー事件(※1)や、12月の大阪の心療内科クリニック放火事件(※2)など、拡大自殺と思われる事件が続いている。自殺の手段として拡大自殺が知られてしまうと、それをまねする人が出ることで、本人の命だけでなく、巻き添えになる人の命まで危険にさらされる。

※1 電車内でナイフを用いて乗客17人に重軽傷を負わせ、油をまいて火を放った男が殺人未遂容疑で逮捕された。
※2 北区曽根崎新地のビルに入るクリニックが放火され、巻き込まれた25人が死亡、1人が重体。

そういう意味で、この事件はあまりセンセーショナルに報じられてほしくなかったのだ。

読者の皆さんは、世の中に「死にたい」と思う人はどれくらいいると思うだろうか。一般的に人口の3%程度がうつ病と推測されている。すると日本中に380万人程度のうつ病患者がいることになる。そのうち、少なくとも10%程度に希死念慮が生じるとされるから、現時点で死にたいと思っている人は40万人くらいいることになる。

そういう人にとって、自殺報道は強い刺激になり、自殺に踏み切るきっかけになる。やり方を知るとまねをする人が出てしまう。だから危険なのだ。

ただ、私があえて今回この事件を取り上げようと思ったのは、受験生の中に、うつ病や自殺につながる思考パターンを持っている人が多いように映ったからだ。どれだけ役に立てるかわからないが、その思考パターンを和らげるのに役立てばと思って寄稿することにした。