病院では「レールの上に載せられて、さばかれていく」

「転移はなかったのですが、非常に悪い状態だったので、知り合いの先生から『吉野さん、今年の夏までもたないんじゃないの?』と言われました。その時、私には高校2年生の子、中学3年生の双子がいて、まずは中学生の子供たちの卒業式を見届けよう、それから高校生の子供のため大学受験の準備をしようと決めて、家で過ごしながらやることをどんどん進めました」

夏が過ぎたら、今度は次の目標を立てて日々を過ごす。気づいたら、それから7年たっていたという。その間、「来年はないかもしれないから」と、いつも一年早く動いていたのだ。

「病院ではやりたいことや仕事はできませんよね。だから家に帰りたかったですし、たとえやることが終わっても、子供との生活、飼っている犬や猫の世話がありましたから、病院にいるのは嫌だと思いました」(吉野さん)

病院では“レールの上に載せられて、物のようにさばかれていく感じだった”という。

あの時、「私、家に帰ります」と言えてよかった

「医療従事者は身体面だけでなく、もう少し全人的に患者さんを診るべきです。そして患者さんも、もっと自ら『こういう生き方をしたい』と医療者に言ったほうがいい。7年前に自分が倒れた時、『年明け受診では間に合わないかもしれない、今日受診したいです』と言わなかったら、私は死んでいたかもしれません。胃がんとわかって医師に勧められるまま入院して二度と家に帰れなかったら、後悔が残る人生だったと思います。あの時、『私、家に帰ります』と言えてよかった。自分の思いをきちんと伝えることが大切だと思います」

ケアマネージャーの吉野清美さん。移動にはバイクを利用している。
ケアマネージャーの吉野清美さん。移動にはバイクを利用している。

家で死ぬことの良さは、患者本人は「やりたいこと」ができることだ。そして看取る側の家族にも良さがある。それは「やりきった感」があること。

訪問看護師として15年のキャリアがある宮本直子さんは、難病の女性を支えた家族が心に残っているという。

「お母さんは50代半ばの女性で、全身性エリテマトーデスという難病を患っている上、がんを発症しました。家で看取るかどうかご家族に迷いがある時期、私は娘さんにこう尋ねたんです。『お母さんは娘におせち料理の味付けを教えたい、まだやり残したこともある、家にいたいと言っていたよ。どうする?』と。するとご主人と娘さんが『がんばる』と答えてくれたので、おむつのあて方なども含めて在宅での生活を教えました」