ある日突然、遠く離れた実家を任されたらどうするか。エッセイストの如月サラさんは父親が実家で孤独死したことをきっかけに、空き家になった築45年の一軒家を任された。如月さんは「まず売却を考えたが、よく調べてみるとほぼ不可能なことがわかった」という――。(第1回/全2回)
※本稿は、如月サラ『父がひとりで死んでいた』(日経BP)の一部を再編集したものです。
光熱水費はどこから引き落とされているのか
9カ月にわたる入院を経て、認知症の母は高齢者施設に入居した。おそらくもう帰ってくることはできないだろう。いよいよ実家は無人になった。一人娘である私は本当に、この100坪の土地と一軒家をひとりで守っていかなくてはならなくなったのだ。
ふと我に返ると、私はこの家のことを何も知らないと気がついた。滞在している間だって電気代も水道代もかかっている。固定電話もつながっている。そのお金がどこから引き落とされているのかを確認しなくてはならない。
「重要なものは僕の部屋の金庫にまとめて入れてあるから」と以前父が言っていた気がするので、見てみることにした。そっと父の部屋に入る。「お父さん、金庫の中、見るからね」と宙に向かって声をかけた。開けられるだろうかと心配だったけれど、金庫に鍵はかかっていなかった。
父の振り込みが止まり、口座残高はマイナスに
入っていた何冊かの預金通帳をめくってみる。父の名義の通帳も母の名義の通帳もあった。マメな性格だった父は、どの通帳が何の用途であるか、それぞれのキャッシュカードの暗証番号が何であるかがわかるようきっちりと整理をしていた。
めくってみるとどの通帳もここ数カ月は記帳した記録がなかったので、近所の銀行の支店に行って状況を確認した。その中に公共料金等の引き落とし専用の口座があったが、内容を見て驚いた。残高がマイナスになっていたのだ。ごく少額の定期預金がセットされ、そこから借り入れがなされていた。
公共料金の口座には、父が時々まとまった金額を振り込んでいた形跡があった。どこかの時点でこの作業を思い出せなくなったか、銀行に出かける気力をなくしていたのだろう。父が弱っていた証拠を見せつけられたようで、胸が詰まった。