ただし「近接」は、安全な場所で節度をもって活用する必要がある。他人があまりにも近づいてくれば落ち着かない気分になり、人は自分の身を守るべく、その相手と距離を置こうとするだろう。そして、その場から立ち去るなどの行動をとる。
だが「シーガル作戦」では、チャールズはターゲットのそばにはいたが、安全な距離を保っていたため、「警戒すべき人物」という印象を与えなかった。だからこそ、「闘うか逃げるか」の二者択一を迫るような身体反応である「闘争・逃走反応」(fight-or-flight response)を引き起こさずにすんだのである。
近接、頻度、持続期間、強度……
「頻度」とは、相手と接触を重ねる回数であり、「持続期間」とは、相手と一緒に過ごす時間の長さだ。
チャールズはしばらくすると、〈人に好かれる公式〉における第二と第三の要素、すなわち「頻度」と「持続期間」を活用した。彼はシーガルが買い物に出かけるルートに頻繁に立ち、シーガルが彼を見かける回数を増やすようにした(頻度)。数カ月後、今度はシーガルのあとを追って食料品店に入り、そばにいる時間を徐々に長くしていった(持続期間)。
「強度」とは、言葉で、あるいはしぐさや態度などで、相手の望みをかなえる程度を指す。
この「強度」を利用して、チャールズは少しずつシーガルに「このFBI捜査官らしき男は、どうして自分に接触してこないのだろう」と、疑問をもたせた。こうして、自己紹介するだけでシーガルの「好奇心」を満たし、結果として「強度」を高めることができたのだ。
環境に新たな刺激が加わると(この場合は、シーガルの日常生活に見知らぬ人間が入り込んだ)、脳はこの新たな刺激が脅威であるか否かを、判断しようとする。そして、それが脅威だと判断すれば、闘争・逃走反応によってとりのぞくか無力化しようとする。
脅威を感じさせず、相手に好奇心を抱かせる
反対にそれが脅威ではないと判断すれば、今度は好奇心をもつ。そして、その刺激のことをもっと知りたいと思う。
いったい、この男の正体はなんなのだ?
なぜ、ここにいる?
この男をどうにかしてうまく利用できないものだろうか?
チャールズは、安全な距離を保ったまま行動していたうえ、じっくりと時間をかけていた。だから、シーガルに脅威を感じさせることなく、好奇心をかきたてることができた。その結果シーガルは、チャールズが何者で、何を望んでいるのか、知りたいと思うようになった。