インドの「カースト」と呼ばれる身分制度は差別の温床となっている。京都大学大学院の池亀彩准教授は「インドでは身分を越えて結婚しようとすると、親族からいやがらせを受けることが多い。ある夫婦は両親の雇った殺し屋に襲われ、夫は亡くなってしまった」という——。(第1回)

※本稿は、池亀彩『インド残酷物語 世界一たくましい民』(集英社新書)の一部を再編集したものです。

両手で顔を覆っている人
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若い夫婦を襲った5人の殺し屋

その日、シャンカールは妻のカウサリヤに初めておねだりした。「ねえベイビー、明日は大学の創立記念日なんだよ。新しいシャツを買ってくれない?」

カウサリヤは、シャンカールと約束していた。シャンカールが良い仕事を得るためにはまず彼が大学を卒業することが肝心。それまでの間はカウサリヤが働いて二人の生活を支えること。大学を中退して数カ月前からタイル工場で働き始めたカウサリヤは迷わず言った。

「もちろんよ! じゃあ、ウドゥマライの町に行きましょう」

シャンカールはまず理髪店に行き、そして二人でウドゥマライに向かった。午後1時には町に着いていた。洋服店でシャツを選んで店を出ると、ショーウィンドウに飾ってあるシャツの方がシャンカールに似合う気がしてきた。カウサリヤは「やっぱりこっちのシャツの方がいいと思う。交換しましょうよ」と言って店に戻り、買ったばかりのシャツと交換した。

店を出た後、二人は近くの屋台で冷たいジュースを飲んだ。そこでカウサリヤはシャンカールに告白した。

「実はあと60ルピー(約90円)しか残ってないの。今月はこれでなんとか乗り切らないといけないわ」

シャンカールはにっこり笑って言った。

「なんとかなるよ、大丈夫、ベイビー。今夜は僕が小麦粉を手に入れてきて、君のためにチャパティ(薄焼きパン)を作るよ」

だが、カウサリヤがシャンカールのチャパティを食べることはなかった。カウサリヤの両親が雇った5人の殺し屋が二人を襲ったからだ。